昭和21年の南海地震

災害年月日
1946年00月00日
市町村
徳島県海陽町(海南町)
災害種類
地震・津波  
概要
昭和21年(1946)の南海地震で、海南町の家族が持ち物を準備していて逃げ遅れ、津波が押し寄せる中を必死に逃げたが、四女を背負った長女は津波に行く手を阻まれて「お母ちゃん行けんもん」と言ってこの世を去った。(「宿命の浅川港」による)地震後は津波に備えて一刻も早く逃げることを伝えている。
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備考
浅川港の震災後50年南海道地震津波史碑には「お母ちゃん行けんもん」の文字が刻まれている。
参考画像
参考文献
和田一範・松尾裕治・山本基・武田由美子「四国に伝わる災害の教訓に関する考察」(土木学会土木史研究委員会編「土木史研究講演集Vol.27」2007年)、306頁
情報源の種類
学術論文、雑誌論文
キーワード
昭和南海地震 津波 死者 宿命の浅川港 教訓
NO.
徳島7363

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