文政6年の干ばつ

災害年月日
1823年00月00日
市町村
愛媛県松山市
災害種類
渇水  
概要
文政6年(1823)、干ばつのため稲の植え付けのできないところが多く、損毛高は116,258石余に及び、最大の凶作となった。この間、家中、郷町でも雨乞いの祈とうが大規模に行われた。(「増田家記」による)
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原資料
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参考文献
松山市史編集委員会編「松山市史 第2巻」(松山市、1993年)、395-396頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
干ばつ 雨乞い 増田家記
NO.
愛媛840

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