元文4年の水論

災害年月日
1739年06月00日
市町村
愛媛県東温市
災害種類
渇水  
概要
元文4年(1739)、菖蒲堰の上堰を利用していた北方村が堰を二重にするとともに、中世以来の禁止条項を破って土砂を用いて取水を始めた。用水が枯渇した下堰の樋口・志津川・西岡3ヶ村が抗議したが、北方村が慣行に従わなかったため、下堰側3ヶ村民は実力行使で堰を切り崩した。争いは郡役人の仲裁にもかかわらず明確な決着を見ないまま終わった。
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参考文献
愛媛県土地改良事業団体連合会編「愛媛の土地改良史」(愛媛県、1986年)、129頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
水争い 菖蒲堰 北方村 樋口村 志津川村
NO.
愛媛1819

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