天明5年の水論

災害年月日
1785年00月00日
市町村
愛媛県東温市
災害種類
渇水  
概要
天明5年(1785)、干ばつのため、菖蒲堰で水論が起こった。北方村が上堰をこれまでより高くして取水したため、下堰を利用する樋口・志津川・西岡3ヶ村が用水に窮して争論となった。郡役人の裁定によって、堰の門樋に分木を立てて、5寸6歩までを北方村へ(但し引水の井手幅は狭くすること)、5寸3歩を加えた5ヶ村井手へ(但し井手幅を広くする)流すという分水協定が結ばれた。これ以後も、菖蒲堰をめぐる水論が何度かあったが、この時の協定が基礎となって、比較的平穏裡に問題解決が図られた。
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参考文献
愛媛県土地改良事業団体連合会編「愛媛の土地改良史」(愛媛県、1986年)、129頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
水争い 菖蒲堰 北方村 樋口村 分水協定
NO.
愛媛1820

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