明治10年の水争い

災害年月日
1877年08月10日
市町村
香川県三木町
災害種類
渇水  
概要
明治10年(1877)8月10日夜、田中村(三木町)の農民200~300人が新川支流の吉田川上流の屋古戸関に押し寄せて、鍬で井関を打ち壊した。この井関は氷上村(三木町)の奥の堂池と堀切池に取水するためのもので、氷上村では夜明けを待って数百人が切り落とされた井関を突貫工事で復旧した。田中村は氷上村を相手取り、控訴した。一審、二審で田中村は敗訴し、明治12年に大審院に上告したが、大審院でも敗訴した。
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参考文献
香川県土地改良事業団体連合会編「香川県土地改良事業団体連合会50年史」(香川県土地改良事業団体連合会、2008年)、362頁及び366-369頁
情報源の種類
その他文献等
キーワード
水争い 吉田川 屋古戸関 田中村 氷上村
NO.
香川1570

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