明治10年の水争い

災害年月日
1877年00月00日
市町村
香川県高松市
災害種類
渇水  
概要
明治10年(1877)夏、西潟元村(高松市屋島西町)では田植え水が不足したため、久米池からの配水を要請したところ、春日村、新田村(高松市春日町、新田町)から拒否された。このため、東・西潟元村は久米池貯水の平等配水を要求して裁判所に提訴した。久米池の配水については、新掛かりの東・西潟元村に対し、水利費は平等に負担させながら、用水は田植え後の補給水しか認めない「足し水の慣行」が続いていた。裁判の結果、大審院で江戸時代から続いてきた水利慣行が認められた。
Googleマップ
参考画像
参考文献
香川県土地改良事業団体連合会編「香川県土地改良事業団体連合会50年史」(香川県土地改良事業団体連合会、2008年)、502-509頁
情報源の種類
その他文献等
キーワード
水争い 足し水の慣行 東・西潟元村 春日村 新田村
NO.
香川1586

よく似た災害

明治29年の水争い

明治29年(1896)、梅雨明けから50日間も日照りが続き、那賀川北岸の農民たちは無断で那賀川から水を引いたため南岸の用水が不足し、警察が出動する水騒... 続きを読む

明治26年の水争い

明治26年(1893)6月、干ばつが続いたため、伊勢川川下流の田井、宮古野などが分水の交渉を要求したが、上流の溜井、伊勢川は拒否した。そこで下流側は壮... 続きを読む

明治27年の水争い

明治27年(1894)5月から8月まで雨量が少なく、夏季に記録的な高温が続いたため、各地で水争いが生じた。那賀川北岸では、大井手用水の渇水がひどく、7... 続きを読む

享保8年の水争い

享保8年(1723)5月5日、下井堰の農民が中井堰を切り取り、主謀者が検挙される事件が起こった。下井堰は中井堰の下流に建設された堰で、もともと水がかり... 続きを読む

大正2年の水争い

大正2年(1913)8月、高井堰の用水が不足し、水田に亀裂をきたす状態になったのを見かねて、藤ヶ井堰の余裕水を供給しようとした。しかし、藤ヶ井堰からの... 続きを読む