明治26年の干ばつ

災害年月日
1893年00月00日
市町村
高知県香美市(土佐山田町)、南国市
災害種類
渇水  
概要
明治26年(1893)、干ばつにより、植田地区350石、久次地区80石、須江上改田20余石の田は枯死寸前となった。植田・久次の農民はツイノイ堰(須江本田堰)を破壊しようとしたが、急報により100余名の警官が出動して堰を守り、事なきを得た。この水論を契機に、水争いに明け暮れ疲れ果てた関係住民は、水争いの馬鹿らしさを悟り、有志から甫喜峯疏水の話が持ち上がった。
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原資料
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参考文献
土佐山田町史編纂委員会編「土佐山田町史」(土佐山田町教育委員会、1979年)、615-616頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
干ばつ 水争い 新改川 ツイノイ堰 疏水
NO.
高知470

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