享保17年の長雨

災害年月日
1732年06月00日
市町村
愛媛県砥部町
災害種類
風水害  
概要
享保17年(1732)5月下旬から6月にかけて霖雨が降り続き、田畑にウンカが発生した。このため、7月中旬には伊予郡の野良には一本の青草も見られなかったと言われる。米作は収穫皆無で、麦作は2~3分作であった。飢えた農民は年貢米の集まる松山に食べ物を乞うて集団で押し寄せたという。
Googleマップ
原資料
原資料PDF1を表示する
参考文献
砥部町誌編纂委員会編「砥部町誌」(砥部町、1978年)、216-223頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
長雨 享保の飢饉
NO.
愛媛4273

よく似た災害

昭和38年の長雨

昭和38年(1963)4月から連日の雨や霧により、麦作では穂腐りと赤かび病が大発生し、さらに5月中旬からは豪雨に見舞われた。前年12月から3月にかけて... 続きを読む

享保17年の長雨

享保17年(1732)5月20日頃から、天候が不順となって霖雨が続いた。重信川と石手川をはじめ諸川が増水して、閏5月10日頃に氾濫し、交通が途絶した。... 続きを読む

昭和21年の長雨

昭和21年(1946)6月~7月、多雨が続き、日照不足は5月~6月に顕著であった。このため、麦作はかなりの減収となった。 続きを読む

弘化5年の長雨・大雨

弘化5年(1848)2月より毎月雨が降り続き、1ヶ月に4、5日晴れるくらいである。このため、不作で人々は困窮した。6月上旬より大雨が降り続き大水となり... 続きを読む

享保17年の長雨

享保17年(1732)5月より9月まで霖雨、淫雨といわれた長雨が続き、うんかが大発生したことにより、作物はまったく実らなかった。この年は江戸時代を通じ... 続きを読む