慶応2年の寅の水

災害年月日
1866年09月09日
市町村
徳島県板野郡
災害種類
風水害  
概要
慶応2年(1886)7月末から8月初めにかけて霖雨降り続き、8朔に大雨となり、その後前代未聞の大水となった。津慈では破堤30余間、水深は高い所で座上3尺以上となり、三俣では上流の破堤により嘉永4年(1851)の酉の水の時よりも2割以上の浸水となったが人畜に被害はなかった。(「板東町史」による)応神村では8月7日夕に大水となり、西貞方では助次墾の堤防が崩壊し1丈余の水嵩となり、倒家が多く、圧死者10人を出し、東貞方では圧死者7人、中原では8人の死者を出した。(「応神村史」による)
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参考文献
板野郡教育会編「板野郡誌 下巻」(名著出版、1972年)、1411-1414頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
寅の水 大雨 死者 板東町史 応神村史
NO.
徳島3663

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