慶応2年の寅の水

災害年月日
1866年09月15日
市町村
徳島県吉野川流域
災害種類
風水害  
概要
慶応2年(1866)8月5日から3日間の豪雨により、吉野川流域では北山から南山まで一面の濁流となったと伝えられる。三好郡誌は支流馬路川を大木が立ちながら流れ、幹川も記録的な増水であったことを記している。板野郡応神村西貞方は3mを超える水かさとなった。宮河内谷川流域は3町歩が荒地となり、鮎喰川は島田で堤防が決壊して庄町方面も水浸しとなった。各郡から書き上げた死者は1万余人となり、治水の声が高まった。
地理院地図
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参考文献
毎日新聞社編「吉野川」(毎日新聞社、1960年)、107頁及び119-120頁
情報源の種類
その他文献等
キーワード
豪雨 吉野川 馬路川 宮川内谷川 死者
NO.
徳島6338