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寛文7年の火災

寛文7年(1667)7月27日夜、徳島内町より出火、内町はことごとく焼亡し、家老邸も焼け、翌日鎮火した。(「阿波志」、「阿淡年表秘録」、「渭水聞見録」による) 続きを読む

寛文4年の火災

寛文4年(1664)2月3日、鞆浦で火災、259戸焼失。 続きを読む

慶安元年の火災

慶安元年(1648)11月14日、徳島安宅沖洲で火災、類焼により8軒長屋焼け、御召船6艘焼失。(「名東郡史」による) 続きを読む

天保6年の風雨

天保6年(1835)夏秋の頃、雨甚だしく、210日は東の大風が吹き荒れ、後になって西風となり吹き返し、稲毛は全部白穂になって収穫皆無となった所が多かった。(「名西郡誌」による) 続きを読む

文化2年の長雨

文化2年(1805)7月末日より御国虫付、連雨により、御地高35,700石余御損毛。(「阿淡年表秘録」による) 続きを読む

天和元年の風雨

天和元年(1681)、風雨飢、去秋風水、冬厳寒、雪多く諸国荒凶作となる。(「高原村史」による) 続きを読む

慶応2年の洪水

慶応2年(1866)8月1日より7日までの霖雨により、7日夕には大水となった。阿波国内の河川はことごとく未曾有の大氾濫となり、ほとんど各郡が浸水し、人畜の死傷は甚だしかった。「寅の大水」と呼ばれている。吉野川下流では、阿波の北山から南山まで濁水のため一つの屋根... 続きを読む

文久3年の洪水

文久3年(1863)8月12日夜、板野地方の谷川が非常に増水し、堤防決壊30余箇所(延長600余間)で田畑砂入荒れ地となった。夜間であったために被害が大きかったという。 続きを読む

安政7年8月の豪雨

安政7年(1860)8月5日より3日間の豪雨で、吉野川の堤防が切れ、下流川口の川内村では濁水が天井に達した家も多く、35人水死。(「川内村史」による) 続きを読む

安政7年7月の風雨・高潮

安政7年(1860)7月11日及び28日に大水、大風、突浪、高潮によって青毛立、徳島より撫養に至る海辺の被害25,000石、撫養塩浜大荒れ、岡崎十人衆家潮に引かれる。(「板野郡誌」による)徳島より南方海部に至る被害5万石余、年貢御免となる。 続きを読む

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