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昭和45年(1970)8月21日8時、台風10号が高知県佐賀町付近に上陸し、四国山脈を越え瀬戸内海を越え、広島県呉市に再上陸し、日本海に抜けた。総雨量は吉野川上流本山で504ミリ、大砂子で468ミリ、支川祖谷川谷道で471ミリ、銅山川柳瀬で275ミリ、中流穴吹... 続きを読む
昭和36年(1961)9月16日、台風18号(第二室戸台風)が室戸岬に上陸し、徳島県南岸沿いに紀伊水道を北上した。吉野川流域では14日から16日にかけて大雨が降り、総雨量は本川上流長沢で666ミリ、中流穴吹で545ミリ、鴨島で394ミリ、下流徳島で237ミリを... 続きを読む
昭和34年(1959)9月25日、伊勢湾台風が潮岬かの西方から紀伊半島に上陸した。銅山川では26日15時から20時までに230ミリの雨量となり、柳瀬ダムの操作方法と下流の山城町に発生した被害について、建設省と地元との間に問題が起こった。 続きを読む
昭和29年(1954)9月13日、台風12号(ジューン台風)が襲来し、強い高潮を伴ったため被害が大きかった。吉野川流域では山間部に短時間で大雨が降り、空前の大洪水となった。池田町板野の水位は14日1時に15.8m(警戒水位9.0m)を記録し、ピーク流量は池田で... 続きを読む
昭和20年(1945)9月17日、枕崎台風による風が強く、戦後急ごしらえで建てられた徳島市内の仮小屋はほとんど倒壊した。また、上流の高知県の雨量が多かったため、吉野川は大洪水となり、中流の池田では警戒水位(6.0m)を上回る9.3m、岩津では7.6m(警戒水位... 続きを読む
大正元年(1912)9月23日、洪水により、板野郡誌によれば、水嵩は田の面上1丈(3m)、潮水の浸水5尺(1.5m)と言われた。特に名東・名西両郡の被害は、吉野川と飯尾川の氾濫が重なって最も甚だしかった。名東郡国府町北井上辺りでは全村水底となり、3日3晩屋根の... 続きを読む
明治44年(1911)8月16日、吉野川で大洪水により、被害は死者21人、負傷者7人、行方不明6人、住宅の全壊164戸、半壊308戸、床上浸水13,255戸、床下浸水5,478戸、船流失57隻、流失・埋没地585帖、浸水17,422町に及んだ。「土佐水」と言わ... 続きを読む
明治32年(1899)7月、大洪水により、鴨島町の牛島堤防が決壊し、江川が再び吉野川本流に流れ入り、石井町にかけての一帯は泥海のようになったという。旧吉野川筋でも堤防が決壊し、長い間水害を経験したことのなかった鳴戸や大麻町、松茂村の住民たちは、寝耳に水の驚きで... 続きを読む