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享保7年6月の洪水

享保7年(1722)6月より8月、度々大雨傷禾漂人家430余。(「蜂須賀家記」による)/6月23日、御国風雨、洪水につき、御地高83,375石余御損毛、潰家311戸、溺死男1人、流死牛馬6頭。(「徳島県史料年表」による) 続きを読む

享保7年7月の洪水

享保7年(1722)7月10日、洪水により、御地高53,610石余御損毛、潰家40戸、流家5戸、溺死男2人、流死牛馬3頭。(「徳島県史料年表」による) 続きを読む

享保7年7月の火災

享保7年(1722)7月12日、大倉所焼く、延て会議所に及ぶ。ただ外門焼けず。(「阿波志」による) 続きを読む

享保7年8月の洪水

享保7年(1722)8月23日、洪水により、御地高37,567石余御損毛、潰家93戸、溺死男2人女1人。(「徳島県史料年表」による) 続きを読む

享保9年の火災

享保9年(1724)4月16日、雨天寅刻過ぎより、内町3丁目より出火、左右焼け片側一丁焼失。(「徳島県史料年表」による) 続きを読む

宝永6年の風雨

宝永6年(1709)7月4日、風雨、高潮。(「宍喰浦旧記」による) 続きを読む

宝永7年の風雨

宝永7年(1710)7月17日、出水。26日、27日、大風雨、潮打、年貢御免のことなり。(「里浦村誌」による) 続きを読む

貞享2年の火災

貞享2年(1685)3月6日、新町焼く。免許町に発し、淡路町に至る凡そ467戸。(「阿波志」による)なお、この頃の徳島の家数は1,558戸、人口20,590人。(「徳島県史料年表」による) 続きを読む

貞享4年の洪水

貞享4年(1687)9月9日、大水、禾を傷う。(「阿波志」による)/風雨。(「蜂須賀家記」、「井内谷村誌」による) 続きを読む

貞享5年の火災

貞享5年(1688)1月26日、大工町より出火、西船場悉く焼き、翌朝消火、261戸。(「徳島県史料年表」による) 続きを読む

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