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昭和29年(1954)9月、台風12号による高波のため、香美郡前浜村、日章村、長岡郡三和村の海岸集落では土のうでつくった防潮堤が役に立たず、これを越して人家が波に洗われ、150戸、240人が避難し、恐怖の一夜を明かした。この時、土佐電鉄の物部川鉄橋、戸板島橋の... 続きを読む
昭和38年(1963)6月3日夜から4日朝にかけて、南方海上を通過した台風2号により梅雨前線が刺激され、豪雨となった。被害は南国市北部を中心に床下浸水20戸、耕地1,800町歩に及んだ。この時、国分川丹官堰左岸が決壊寸前となった。その後の6月11日の台風3号及... 続きを読む
昭和39年(1964)9月25日0時過ぎ、台風20号が宿毛市北方に再上陸した。24日夜半から25日未明にかけて、南国市の全域にわたり強風の被害が甚大で、なかでも風害、塩害による農作物の被害額は9億5千万円に達した。家屋の被害は全壊151戸、半壊299戸、一部破... 続きを読む
昭和45年(1970)8月21日早朝、台風10号が佐賀町に上陸し、県内を横断したため、強風と豪雨により、南国市内全域に多大な被害が出た。被害は一般住宅の全壊130戸、半壊1,209戸、一部破損6,000戸、床上浸水161戸、床下浸水2,700戸に及び、被害総額... 続きを読む
天保11年(1840)5月10日、豪雨により野根の別役川流域の五代が崩壊し、野根山街道が決壊した。この時、完成したばかりの長峰用水も損壊した。なお、野根山街道は、ルートを四郎ヶ野峠~押野に降るルートに変更して、天保15年に工事を完了した。 続きを読む
明治32年(1899)、台風により、仁淀川では多数の死者を出したが、物部川では西岸竹が鼻の堤防が約100間決壊した。また、8月28日の台風では、高知城の天守閣のシャチや測候所の風力計が吹き飛ばされるなどの強風が吹き、「山田文化小史」には「電火起り火竜巻くこと空... 続きを読む
昭和31年(1956)9月25日、台風15号により、物部川は観測開始以来の大増水となり、山田堰も被害を受けた。被害状況と復旧工事の様子を示す写真が掲載されている。 続きを読む