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宝暦12年の火災

宝暦12年(1762)、六日市で出火、庄屋檀寺、町内大方焼亡。(「五百木村城廻村永代記録」、「六日市永久録」、「高橋文書」等による) 続きを読む

寛政元年の火災

寛政元年(1789)、岡町で出火。(「五百木村城廻村永代記録」、「六日市永久録」、「高橋文書」等による) 続きを読む

寛政2年の火災

寛政2年(1790)、六日市で出火。(「五百木村城廻村永代記録」、「六日市永久録」、「高橋文書」等による) 続きを読む

昭和18年9月の豪雨

昭和18年(1943)9月20日、豪雨のため、7月23日にも劣らぬ大洪水となった。被害は居宅倒壊1戸、非居宅倒壊3戸、牛1頭即死、井堰流失4箇所、畑流失3箇所500㎡、護岸90m、稲作倒伏45ha・減収見積20%、とうもろこし倒伏180ha・減収見積30%に及... 続きを読む

昭和38年の豪雪

昭和38年(1963)、前年の大晦日から雪が降り始め、1月25日頃には平坦地で1.7mを超す積雪となり、交通は全面的に麻痺状態となった。町内の小・中・高校はたびたび臨時休校となり、郵便、電話も不通となった。町民は連日屋根や道路の除雪作業に当たったが、町内の映画... 続きを読む

昭和42年の集中豪雨

昭和42年(1967)7月9日午後9時過ぎから集中豪雨に見舞われ、3時間に133.5ミリの雨量を記録した。このため、小田川をはじめ河川があふれ出し、電話、交通が遮断された。被害は重傷1人、家屋の全壊23棟、耕地の流失・埋没28ha、冠水65ha、道路決壊75箇... 続きを読む

享保6年の洪水 

享保6年(1721)7月15日、石手川が氾濫。 続きを読む

享保7年の風雨

享保7年(1722)6月23日、大風雨のため石手川は大被害を出した。 続きを読む

享保17年の長雨

享保17年(1732)、長雨によって麦が不作になり、稲はウンカのためにほとんど壊滅状態となった。松山藩では、5,705人の餓死者を出し、藩主が幕府から差控を命じられている。伊予郡筒井村(現松前町)の百姓作兵衛が餓死した時、麦の種子を枕にしていたという逸話がある... 続きを読む

天明3年の洪水

天明3年(1783)8月11日から12日にかけて、洪水により、伊予郡下高柳で重信川下流南岸栴檀投樋門付近の土手が100間余り潰れた。 続きを読む

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