検索結果

29860件のアーカイブスが見つかりました。

条件:

年代順で並び替える : |

天保9年の洪水

天保9年(1838)、流死80人余、流家・潰家200軒余、市坪の農作物・人畜大被害、損毛20,190石。(「松山叢談」による) 続きを読む

寛文5年の洪水

寛文5年(1665)7月、風雨、洪水。 続きを読む

寛文13年の洪水

寛文13年(1673)6月17日、18日より降雨、27日石手川堤塘決壊、町分及び代官町浸水、同心町西堀端は水勢強く、一面に水満ち、土手へ避難する者多し。 続きを読む

延宝4年の洪水

延宝4年(1676)6月11日、洪水。 続きを読む

延宝6年の風雨

延宝6年(1678)7月18日、大風雨、1,793軒倒壊。 続きを読む

享保14年の洪水

享保14年(1729)9月、樽味の観音堂前の堤防が決壊し、家屋流失。 続きを読む

享保17年の長雨

享保17年(1732)6月、長雨降り続き、各地の稲にうんかが発生。「垂憲録拾遺」によると、この年の餓死者およそ3,489人、牛馬死3,907疋。9月に義農作兵衛餓死。 続きを読む

元文4年の洪水

元文4年(1739)、大風雨により、損毛高14,065石余。石手川決壊し、保免村及び余土村被害。 続きを読む

延享5年の洪水

延享5年(1748)7月、松前地方洪水、道後温泉水害。 続きを読む

延宝元年の洪水

延宝元年(1673)6月17日、18日頃から雨降りが続き、27日夜、石手川の堤が切れて、城下町はもちろん、代官町辺りも水があふれた。同心町西堀端などは特に水勢が強く、堀の水と一面になり、さらに水かさが増したため、堀の土手に畳を運び老若はここに逃げた。(「垂憲録... 続きを読む

1 2,288 2,289 2,290 2,291 2,292 2,293 2,294 2,295 2,296 2,297 2,298 2,986