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仁和2年の洪水

仁和2年(886)8月20日、吉野川大洪水。(「山川町史」、「徳島年鑑」、「丹兵衛日記」、「住友家記録」、「徳島県史」、「吉野川のあゆみ」、「世界善悪年代記」による) 続きを読む

昭和51年の台風17号

昭和51年(1976)9月、台風17号により、川田川の中央橋上下流西岸の堤防が100mにわたって激流にえぐられ、決壊状態となった。 続きを読む

昭和50年の台風5号

昭和50年(1975)8月、台風5号により、螢川、川田川が内水氾濫し、床上浸水46戸、床下浸水412戸の被害が出た。 続きを読む

昭和36年の第二室戸台風

昭和36年(1961)9月、第二室戸台風により川田川、螢川、学島川が決壊し、家屋浸水数百戸の被害が出た。 続きを読む

昭和19年の洪水

昭和19年(1944)、川田川の堤防が川田字村雲で西側に切れた。 続きを読む

昭和13年の洪水

昭和13年(1938)頃、川田川の堤防が鉄橋の上流200m位の所で東側に切れた。このため、鉄道が山川駅東小鉄橋の所で被害を受け、消防組が徹夜で復旧作業をした。 続きを読む

明治18年の洪水

明治18年(1885)5月7日、川田川の毘沙門(川東北)の堤防が切れた。この堤防の復旧強化には多くの金と人を要したので、この堤防は「金食土手」と呼ばれた。 続きを読む

嘉永2年の洪水

嘉永2年(1849)、川田川が川東ネブリの下流で東側に切れた。 続きを読む

寛政3年の洪水

寛政3年(1791)8月20日、川田川の堤防が中御前神社あたりで西側に切れた。拝殿は流れたものの、壊れず、藪中に北面して立っていた。その後、復旧工事中に、その付近の土中から大小の土器2枚が出土し、御遷宮の際に奉納した。(川田邑名跡誌」による) 続きを読む

平成元年の台風22号

平成元年(1989)9月19日、台風22号が鹿児島県大隅半島に上陸後、四国沖を通過し、大雨、竜巻となった。総降水量は成就社で160ミリ、三崎で150ミリに、また1時間降水量は三崎で79ミリに達した。被害は死者1人、床上浸水11人、床下浸水341人に及んだ。(愛... 続きを読む

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