当サイトは過去に四国各地で発生した災害に関する情報を収集、整理したものです。
29860件のアーカイブスが見つかりました。
条件:
昭和18年(1943)7月21日~24日の総降水量は942ミリに達する豪雨となり、吉田病院裏堤防の決壊と高潮により、東・西・北の三小路が冠水した。 続きを読む
風水害 愛媛県宇和島市(吉田町)
昭和24年(1949)6月21日、デラ台風による吉田町内の損害は軽微であった。 続きを読む
嘉永3年(1850)、長雨で立間川が氾濫し、御弓ノ丁御旗組の堤防が決壊し、御弓ノ丁では家屋の流失、溺死者を出した。 続きを読む
弘化3年(1846)9月12日夜、上組で大火があり、17軒のほとんどを焼失した。この時、藩主宗孝は的場まで出場し、みずから消防の指揮をとったという。 続きを読む
火災 愛媛県宇和島市(吉田町)
寛政3年(1791)10月昼、本町一丁目より出火し、本町一丁目で23軒、裏町一丁目で40軒、裏町二丁目で22軒を焼失し、その他大工町の屋敷を全焼した。 続きを読む
寛政2年(1790)8月21日夜、魚棚三丁目より出火して、魚棚三丁目及び本町三丁目で24軒が類焼した。 続きを読む
安永7年(1778)3月22日午後4時、魚棚一丁目から出火し、一丁目のほとんどを焼失した。 続きを読む
安永6年(1777)12月15日午後5時、魚棚一丁目東側の家から出火し、本町一丁目、裏町一・二丁目を残して6ヶ丁を焼失した。藩は町奉行に命じて米130俵を下付、被災者の救援にあたった。 続きを読む
宝永元年(1704)正月10日夜、魚棚一丁目より出火し、裏町一丁目の一部を除いて町屋のほとんどを焼土と化した。藩は宗純の意により、横堀橋詰で町方全部に朝夕粥を施したほか、米372俵や応急資材として大量の木材、竹などを下付した。 続きを読む
寛文7年(1667)2月3日午後3時、出火し、町方九ヶ丁ほとんど焼失、裏町一丁目のうちわずかに残すのみという大火となった。藩は御救米を与えて救済した。 続きを読む
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