29860件のアーカイブスが見つかりました。
条件:
昭和2年(1927)4月3日、1日からの雨が激しくなり、午後3時頃には四万十川の水は4m程の増水となった。雨は一時的に小降りとなったが、梼原、大野見方面の雨は以上となり、窪川、大正、中村方面は大洪水となった。 続きを読む
大正13年(1924)10月8日、台風は南九州に上陸し、四国の太平洋沿いを直撃し、紀伊地域に進んだ。幡多郡の沖合で駆逐艦1隻が遭難し、4,500トンほどの汽船が沈没した。 続きを読む
大正9年(1920)8月15日、台風はゆっくりと土佐湾沖を北西に進み、足摺岬付近に上陸した。前夜からの豪雨により、四国山脈あたりでは3日連続で1,000ミリを超えた。特に窪川以西の幡多地区では死者186人、家屋の全壊310戸、流出185戸、床上浸水7,895戸... 続きを読む
大正3年(1914)7月7日頃から、台風による降雨が激しくなり、四万十川上流では700ミリを超える大洪水となった。窪川付近でも風や出水による損害に加えて、7月26日にも台風が来たため、月の雨量は1,200ミリを超えて日照不足となり、稲の生育は良好とならず、その... 続きを読む
大正元年(1912)8月23日、台風が土佐沖を北上し、県中央部から東部に上陸した。特に東部では暴風雨となり、被害は甚大となった。高潮も加わり、安芸郡で死者が多数出た。室戸では、無数の怪火が暗空を飛び、昼のような明るさであったと伝えられている。津波による港の被害... 続きを読む
明治44年(1911)8月15日、台風が鹿児島から四国地方に襲来し、徳島方面に抜けた。山地では雨量が400ミリに達したが、特に窪川地方で被害が大きかったという。吉野川も大洪水となり、阿波の国では土佐台風と呼ばれた。 続きを読む
明治42年(1909)8月6日、台風が土佐沖を通過して、九州西部に上陸した。この台風は進路が判然とせず、天候が急変したため漁船の遭難が著しかったという。下川口漁港から足摺岬に出漁中の19隻のうち3隻だけしか帰着しなかったほどの災害であった。 続きを読む