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昭和47年(1972)7月5日、集中豪雨により香宗地区が浸水の大被害を受けた。この後同年9月にも、香宗地区は集中豪雨に見舞われ、野市町側と香我美町側は香宗川の水越しをめぐって紛争を行うことになった。紛争の根本には、永年住民が待望する香宗川改修工事が進まないこと... 続きを読む
明治19年(1886)9月10日の洪水により、物部川の堤防が西岸の竹が端で300間、東岸の仁尾島で150間決壊した。濁流は、西岸では立田、田村、物部、下島、久枝の各村を通り前浜村に至り、東岸では深渕村の田地を押し流した。この堤防決壊による修繕に関して、直接被害... 続きを読む
昭和22年(1947)7月21日夜半から降り始めた不連続線による豪雨は、22日午前中も降り続いた。香宗川では、午前9時頃から流域10箇所にわたり、濁水が堤防を越え、大忍、岸本、赤岡の農民は堤防決壊を食い止めるために出動し、被害を最小限にとどめた。 続きを読む
昭和20年(1945)9月17日午後2時35分頃、枕崎台風は鹿児島県枕崎付近に上陸し、さらに北東進して広島付近を経て山陰に抜けた。台風による豪雨で、香宗川が氾濫し、徳王子・岸本平野の田200haが湖水となった。 続きを読む
大正9年(1920)7月27日、台風により、香宗川は氾濫し、赤岡町江見橋から上流堤防10間、岸本・徳王子堤防約20間、香宗川戸閘堰が決壊した。徳王子・岸本平野は湖水となり、出穂期の早稲・中稲が大被害を受けた。 続きを読む
享保12年(1727)2月1日、越前町より出火した火災は高知城を焼き、翌2日にわたってほとんど街並みを焼き尽くした。焼失家屋は4,102軒に及んだ。2日から15日にかけて町内2箇所で炊き出しを行い、延べ10万余人に米約400石が与えられ、武士にも米が支給された... 続きを読む