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天保14年の洪水

天保14年(1843)7月5日、6日の洪水は七夕水と呼ばれ、50年来の大水であった。(「板野郡誌」による)/この大水は「御国水故前川大水」(「元木文書」による)と記されたように、地元の阿波に降った集中豪雨による「御国水」であった。/「川内村史」では、7日朝から... 続きを読む

安永元年夏秋の洪水

安永元年(1772)夏大水、秋また風雨、藩士の俸禄の半を3ヶ年停む。(「蜂須賀家記」による) 続きを読む

明和2年8月の洪水

明和2年(1765)8月、洪水、高潮。(「徳島年表」による)/「蜂須賀家記」によると、藩は幕府に対して災害復旧の資金援助を依頼したが、断られたという。 続きを読む

明和2年6月の洪水

明和2年(1765)6月、風雨、洪水。(「徳島年表」による) 続きを読む

宝暦7年の洪水

宝暦7年(1757)7月26日、大洪水、年貢御免。(「板野郡誌」による) 続きを読む

宝暦6年の台風

宝暦6年(1756)9月、暴風雨、洪水。(「蜂須賀家記」による)/9月16日、稲垣監物、牛島に監物堤を築いて切腹。 続きを読む

享保7年の洪水

享保7年(1722)6月より8月にかけてしばしば大雨で、稲は傷つき、人家は430余戸も流出した。「蜂須賀家記」によると、6月23日に、御国風雨洪水につき、御地高83,375石余り御損毛、潰家311戸、溺死者1人、流失牛馬6頭とある。貞光町太田のコジマ、穴吹町舞... 続きを読む

嘉永2年の洪水

嘉永2年(1849)7月8日の大風雨、11日まで続き、水は勝瑞城下に溢れ、人家漂流没す。(「蜂須賀家記」による)/「酉の水」または「阿房水」と呼ばれ、旧吉野川の坂東で100間が破堤、水位は地上平均7尺と言われた。川内町では堤防33箇所が決壊、鶴島、宮島、富吉、... 続きを読む

平成5年の洪水

平成5年(1993)7月、岩津の最大流量は12,080立米/秒に達し、岩津上流部の無堤地区で氾濫被害が発生した。 続きを読む

平成2年の台風

平成2年(1990)9月、秋雨前線が停滞していたところへ台風が接近したため、吉野川流域の山間部で総雨量は約900ミリに達した。このため、城の谷川、桑村川などの内水地域で被害がひどかった。岩津の最大流量は11,190立米/秒に達した。 続きを読む

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