検索結果

29860件のアーカイブスが見つかりました。

条件:

年代順で並び替える : |

天明8年の水害

天明8年(1788)、水害。 続きを読む

安永元年の水害

安永元年(1772)、水害。 続きを読む

元治元年の大火

元治元年(1864)12月20日、伊島で大火が起こり、全戸66戸のうち43戸が全焼した。住民は貧困の極に達し、被災者は約10年間にわたり、小屋掛けして苦難に堪えた。森甚五兵衛からもたびたび施行米、救援米が交付された。 続きを読む

嘉永6年の火災

嘉永6年(1853)12月21日、石仏村で火事が発生し、7軒が焼けた。(「北谷繁蔵記録」による) 続きを読む

文政8年の大火

文政8年(1825)3月20日正午、椿泊浦で出火し、午後6時に鎮火した。この火事で、泊浦の戸数の半ば117軒が焼失した。(「阿波年表秘録」による) 続きを読む

天明3年の大火

天明3年(1783)12月14日、西新町西口の高石屋方むろ屋より出火し、強風にのって午前10時より翌午前4時まで燃え続け、正福寺山まで燃えた。焼け残ったのは、文殊院、浄土寺、光円寺、円長寺の四ヶ寺と、第住町西方夫代に西仲町西口の20軒ほどであった。(「富岡町志... 続きを読む

享保3年の火災

享保3年(1718)10月、橘浦で11戸が焼失し、家族52人が飢えに苦しんでいるので、次左衛門が米一石を出して救助した。(「橘浦村史」による) 続きを読む

元禄11年の大火

元禄11年(1698)1月21日、東新町より出火し、町分は残りなく焼失し、焼け野原となった。(「富岡町志」による) 続きを読む

慶応2年の寅の水

image

慶応2年(1866)8月5日より大雨が続き、7日夜に風雨ますます激しくなり、大水になった。上大野町の医師・岸玄碩先生が城山神社に奉納した絵馬には、那賀川の水害で大きな家が浮き、家族ら8人が家ごと流された時の様子が記されている。家はやがて壊れたが、この時、八畳の... 続きを読む

万延元年の高潮

万延元年(1860)7月28日、北谷繁蔵記録によると「浪高で海辺はことのほか大痛み」と記され、高潮が襲来したらしい。このため、橘や鵠の土手が残らず崩れ、塩浜も破壊されたほか、小池、長浜、美の潟(見能方)、羽弥崎(林崎)、南林、中林、石仏の田地には海水が打樋川を... 続きを読む

1 1,323 1,324 1,325 1,326 1,327 1,328 1,329 1,330 1,331 1,332 1,333 2,986