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安政4年(1857)8月1日の水害は、吉野川流域では大被害を生じ、八朔水と呼ばれているが(「徳島県災異誌」)、阿南地方ではさほどの被害をもたらさなかった。それでも、見能林村では家屋倒壊32戸を出した。(「見能林村志」による) 続きを読む
安政4年(1857)7月1日午前8時頃より11時頃まで、大風が吹き荒れ、大木が倒れ、家は屋根を吹き飛ばされ、平野部、山間部を問わず大きな被害を受けた。倒壊家屋は、大野三村で居宅56戸、立善寺清水で32戸、西方22戸、明谷30戸、内原16戸、桑野10戸、荒田野3... 続きを読む
嘉永2年(1849)7月8日~11日の大雨は、酉の水または阿房水と呼ばれている(「徳島県災異誌」)。那賀川北岸の羽ノ浦では、万代堤が破壊され、濁流が田畑に砂を入れるなどしたが、平島では一部が浸水した程度で、さほどの損害もなかった。那賀川南岸では被害記録は見出せ... 続きを読む
天保14年(1843)は、小松島市櫛渕町の伊勢家の先祖の「茂信君日記」によれば、5月21日、7月上旬、8月下旬から9月上旬にかけて三回の大水があった。7月上旬に洪水を引き起こした大雨は、7日前後に特に激しかったので、七夕水の別名がある。勝浦川筋や徳島城下周辺で... 続きを読む
天明2年(1782)5月5日の端午の節句に大水が出たので、「節句水」と呼んでいる。富岡第住町の玉垣家に残る記録に、「五月五日 西のゆるぬけ申候」と、町の西端の「ゆる(水門)」が破壊されたと記されているため、町の大部分が被災したことはたしかである。 続きを読む
元禄14年(1701)、那賀川上流で隣接する神山で大雨が三昼夜続き、左右山の全戸が流出したり(「名西郡下分上山村史」)、上勝町落合の西北西にある山犬岳が230万立米に達する大崩壊を起こしているので、この年に那賀川でかなりの風水害が生じたと推測できる。 続きを読む
昭和9年(1934)9月21日、室戸台風は富岡では午前5時~6時にかけて強烈に吹き荒れ、7時には台風の目が通過した。台風による被害は、阿南市域で死者6名、住家全壊230戸などで、特に椿地区の被害が大きかった。また、富岡中学校の寄宿舎と図書館、宝田・見能林・椿の... 続きを読む
嘉永2年(1849)7月9日から11日にかけて大風雨があり、万代堤が長さ379間(686m)にわたって破損した。309間を修築し、費用は金12,600両であった。(「万代堤事跡考」による) 続きを読む