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大正元年の台風

大正元年(1912)、台風、豪雨。田村でも被害が相当あった様子であるが、特筆するだけのまとまった資料がない。 続きを読む

元禄14年の干ばつ

元禄14年(1701)、大干ばつ。田村でも被害が相当あった様子であるが、特筆するだけのまとまった資料がない。 続きを読む

元禄15年の台風

元禄15年(1702)、大暴風雨。田村でも被害が相当あった様子であるが、特筆するだけのまとまった資料がない。 続きを読む

昭和7年の大火

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昭和7年(1932)2月20日午後8時30分、中島町の製材所から出火し、火は大風にあおられて海岸に向かい、焼失家屋231戸、罹災民1,057人、損害額15万円の被害をもたらした。 続きを読む

天武13年の地震

天武13年(684)10月、大地震、土佐国田苑50余万頃、没為海とあり、これ黒田郡の陥没なり。 続きを読む

康安元年/正平16年の地震

康安元年/正平16年(1361)の海溢、正興寺所蔵文書には記せしも、考証すべき他の材料なし。 続きを読む

宝永4年の地震

宝永4年(1707)10月4日、大地震により、「南路志」に種崎一村亡所となる、溺死者704人などと記されている。本村も多大の被害があったであろうが記録はない。古老伝説によると、宝永4年の大地震の海嘯は当村、三嶋村下島の海浜切戸を押し切り、西は浜改田の低地を打越... 続きを読む

安政元年の東海地震

嘉永7年(1854)11月4日辰の刻、強震あり、第一震による海嘯は当村東端切戸を打越し、三嶋村下島十八所神社前に至り西流して当村後口川を遡り、西は琴平山東麓に至り、南は今の神道の少し北まで波先至る。第二震の海嘯はますます高く切戸を押し切り、当村と下嶋の境西窪川... 続きを読む

安政元年の南海地震

嘉永7年(1854)11月5日申の刻、大震あり、時々微震は絶えざりしが、夕方に至り雨を催し、最早強震はせざるものと信じて避難者も帰村したるも、なお家には入らず、伊都多神社の境内または路傍等に小家掛けをなし老人小児を寝臥せしむ。 続きを読む

文化12年の洪水

文化12年(1815)7月6日より暴風雨うち続き、8日に至り物部川山田堰以南両岸の堤塘はほとんど全部決壊して、小田嶋以南はもちろん、西は五台山、東は吉原まで浸水し、本流は物部と田村の間を南流し、一方西南へ溢入する水勢は本村下田村往還の北1丁程を限り南は字境目橋... 続きを読む

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