29860件のアーカイブスが見つかりました。
条件:
昭和5年(1930)12月22日正午頃、浜町から出火し、北西の強風にあおられて夕方までに52戸を全焼した。村では罹災者を佐賀小学校に収容し、炊き出しを行って救助した。また、村では浜町の復興に際し、区画整理を行った。 続きを読む
大正5年(1916)4月24日、槇野々の邑の中心から出火し、強風にあおられ7戸をなめ尽くす大野見史上類を見ない大火となった。氏神二宮神社も焼失し、貴重な資料が灰に化したという。以来、毎年3月25日には火鎮祭が行われていると聞く。 続きを読む
明治23年(1890)、洪水により堤防、井堰など損害が特に大きかった。当時は災害復旧は、自力で行っていたので、被害箇所の復旧に多くの労力を要し、農家は大きな痛手を蒙った。 続きを読む
昭和6年(1931)10月13日早朝から豪雨に見舞われ、正午前には伊与木川が氾濫して、不破原から下流の田は全部水没し、住家の浸水は500戸を超えた。死傷者や家屋の流失はなかったが、大正9年の洪水に次ぐ大洪水であった。水稲はほとんど刈り取りが済んでいたので、水稲... 続きを読む
昭和38年(1963)1月1日から降り始めた雪は、1月15日頃には大雪となり、さらに2月4日まで降った。村では豪雪対策協議会を作って陳情し、1月28日には自衛隊が出動し、本村及び梼原村の除雪にあたった。積雪は新田方面で1m、日曽川、野越では2mとなった。天狗高... 続きを読む
昭和38年(1963)4月7日から6月20日まで、降雨が続いた。このため、麦は一粒も実らない所もあり、水田はイモチ病がはびこった。村では長雨被害対策協議会を作り、以下の対策を実施した。①イモチ病対策として、農家に対してセレサン石灰への助成をした。②麦の被害につ... 続きを読む
昭和50年(1975)9月14日、九州西方の低気圧が発達しながら東進した。台風20号の接近で前線が刺激されたことと重なり、15日午前9時~午後11時の雨量は高知で511ミリ、船戸で342ミリ、佐川で329ミリ、池川で279ミリとなり、仁淀川は洪水となった。高知... 続きを読む
昭和49年(1974)7月6日、台風8号が東シナ海をゆっくり北上して朝鮮海峡を通り日本海に抜けた。大型台風であったため影響が大きく、5日朝から6日夕方までの雨量は池川で312ミリ、佐川で275ミリとなり、仁淀川は洪水となった。(「高知新聞」による) 続きを読む
昭和49年(1974)9月1日昼頃、台風16号は中土佐町に上陸後、北上して日本海に抜けた。桂浜で最大瞬間風速55mを記録し、春野町弘下で死者1人となった。災害救助法が土佐市、中土佐町に適用された。 続きを読む