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安政4年の洪水

安政4年(1857)7月22日、潮江の天神橋詰の人家21戸が流失。 続きを読む

寛文12年の洪水

寛文12年(1672)、潮江で鏡川出水。この時、町方の堤防防御の受け持ち区域を定められる。今なお北岸の堤防上所々に石柱が残っているのは、旧郭中諸士の出張受け持ち丁場を表す遺跡である。 続きを読む

享保12年の大火

享保12年(1727)2月1日午後、小高坂村越前町から出火し、たちまち東方に延焼し、火は城中の本丸、二の丸、三の丸など城楼全てを焼失し、侍屋敷250軒、細工町など7町家、郷分江ノ口村233軒、小坂村42軒などを焼き尽くした。翌2日にも前日の火元近くから出火し、... 続きを読む

昭和24年の火災

昭和24年(1949)10月20日、中種商店街(現はりまや町1丁目)で大火事が発生し、全焼85戸、負傷者32人、損害2億円。(写真1枚) 続きを読む

享保12年の火災

享保12年(1727)2月1日午の下刻(午後1時)、越前町から出火し、西南の烈風にあおられ、火は数條に分かれて東方に延び、高知城では三の丸、二の丸、本丸など延焼した。焼失戸数は侍屋敷205戸、町方1,163戸、郷分397戸であった。また、翌2日未の下刻(午後3... 続きを読む

延享3年の火災

延享3年(1746)12月6日、中須賀から出火し、上町から南町に延焼した。焼失家屋は城下2,185軒、郷分256軒で、焼死者55人であった。 続きを読む

宝暦6年の火災

宝暦6年(1756)12月28日、中須賀から出火し、上町及び郭中金子橋まで延焼した。火災後、井口の町を全部杓田に移し、新井口町と称する。焼失戸数等は不明。 続きを読む

天明6年の火災

天明6年(1786)2月2日正子の刻(夜半)、追手筋北会所西脇から出火し、追手筋、帯屋町、本町、中島町の大半、南町の全部を焼失した。これを会所焼と称する。焼失戸数等は不明。 続きを読む

享和2年の火災

享和2年(1802)12月30日朝四ツ時(10時)、細工町から出火し、西風烈しく山田町、廿代田、蓮池町、紺屋町、新堀、菜園場、農人町、新町、鉄砲町を通して一戸残らず焼失した。さらに火は下知村の農家全部を焼失し、夜六ツ時(6時)鎮火した。焼失戸数は1,100軒と... 続きを読む

寛文6年の風雨

寛文6年(1666)7月3日~4日、大風雨に伴う洪水により、国中で死者150余人。 続きを読む

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