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平成5年(1993)8月、台風7号により、総雨量が柳瀬ダム上流で390ミリとなり、銅山川は大洪水となった。このため、柳瀬ダムで最大流入量1,290立米/秒に対し、約290立米/秒を調節し、最大放流量1,008立米/秒を放流した。これを受ける新宮ダムでも、洪水流... 続きを読む
平成16年(2004)10月20日、台風23号により、時間雨量86ミリという豪雨により、国道55号北側ではハウス約9haが浸水し、水深1m以上になったハウスも多かった。村の全農家の約3分の1の125戸が被災した。なお、和食地区のハウス園芸地帯を流れる排水路と和... 続きを読む
昭和32年(1957)12月、竜巻が発生し、和食の浜地区では民家1戸が全壊した。近くの家から巻き上げられたトタンの雨どいが松に巻き付いた様は、さながら流が天に上っていくように映ったという。 続きを読む
平成6年(1994)10月12日午前10時半、大竜巻が襲った。竜巻は琴ヶ浜の海岸地帯から平野部中央のやや西方、国道55号を北東へ向かった。ハウス園芸では幅40~50mで大きな被害を受けた。植え付け間もないナス、ピーマンはほぼ全滅した。ハウス園芸の被害はピーマン... 続きを読む
平成元年(1989)8月30日、県東部は記録的な集中豪雨に見舞われ、時間雨量は午前7時~8時が106ミリ、8時~9時が114ミリを記録した。豪雨による洪水は、谷内川両岸堤防を100mに渡って決壊させ、園芸ハウスを押しつぶした。施設園芸を中心に被害は全村に及び、... 続きを読む
昭和28年(1953)9月、台風3号による高潮のため、和食川の河口が閉塞し、流入した海水と豪雨による洪水で和食川は東西の堤防が決壊し、約200町歩が湛水し、稲作は甚大な損害を受けた。また、その翌年も引き続き大きな災害をこうむった。和食川河口改修工事は昭和29年... 続きを読む
昭和28年(1953)9月、台風3号が来襲し、高潮により和食川の河口から海水が浸入するとともに河口が閉塞し、豪雨による洪水のため和食川の東西両側の堤防が決壊し、旧西分小学校前まで約200町歩が湛水し泥海と化した。このため、稲作は甚大な損害を受けた。復旧に際して... 続きを読む
昭和50年(1975)8月17日、台風5号により、最大風速40m、最大1時間当たり119ミリの雨が断続的に降り続いた。吾北村では死者5人、重軽傷者15人、家屋の全半壊151戸、床上浸水34戸、床下浸水65戸、田の流失・埋没45ha、畑の流失・埋没11ha、山林... 続きを読む
天明2年(1782)、池川地方は冷害と長雨であったが、池川郷と境を接する吾北の村々も池川郷と同じ状況下にあったことは疑いない。 続きを読む
平成17年(2005)9月6日、台風14号により、日雨量は船戸で625ミリ、芳生野で550ミリ、影地で528ミリを記録した。四万十川、後川、中筋川は洪水となり、3川合計の浸水面積は内水780.2ha、溢水105.6ha、浸水家屋は床上54戸、床下156戸に及ん... 続きを読む