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大正9年(1920)8月14日、台風のため午後4時頃より降雨、15日正午頃豪雨となり雷鳴絶え間なく、16日に浸水。中村町の被害は全壊4戸、流失1戸、田畑111町歩、桑園56町歩、橋梁流失2箇所であったが、幡西、渭南地方の惨状は甚だしく、特に宿毛町の松田川堤防が... 続きを読む
大正3年(1914)9月14日、台風により、死者3人、重傷者2人、住家の全壊34戸、半壊37戸、大破47戸、流失1戸、非住家全壊34戸、半壊37戸、大破21戸の被害が出て、後川橋は流失した。(「中村町史」による) 続きを読む
大正元年(1912)9月22日夜中に、台風が県の東部海岸をかすめて北上した。22日の雨量は大正300ミリ、梼原328ミリ、中村225ミリで、20日~23日の雨量は大正526ミリ、梼原471ミリ、中村431ミリであった。「中村町史」によると、22日午後2時頃より... 続きを読む
明治44年(1911)8月14日午後10時より暴風雨となり、翌15日にはますます猛烈となり、午後11時全町に浸水した。家屋の流失全壊24戸、破損約1,000戸、床上浸水800余戸、床下浸水約200戸。渡川は平水より2丈6尺高、後川は2丈8尺高となった。(「中村... 続きを読む
明治40年(1907)9月7日、台風が九州の西岸から山口県へゆっくり北上したため、大雨となった。4日~8日の雨量は梼原743ミリ、大正597ミリ、中村290ミリであった。「中村町風水害史」によると、平水より2丈余り高く、明治23年(1890)以来の洪水となり、... 続きを読む
明治38年(1905)8月16日、台風が天草から別府を通り、17日朝呉に進んだ。16日の雨量は梼原357ミリ、窪川247ミリ、中村196ミリであった。「中村町風水害史」によると、平水より23.5尺高であった。 続きを読む
明治36年(1903)7月8日、9日、低気圧により大雨となる。8日の雨量は中村338ミリ、窪川305ミリであった。「中村町風水害史」によると、被害は浸水50戸、平水より21尺高であった。 続きを読む
明治35年(1902)9月7日夕方、台風が宮崎に上陸し、北進した。6日~8日の雨量は梼原488ミリ、大正399ミリ、中村143ミリ。「中村町風水害史」によると、平水より24.3尺高となり、被害は半倒5戸、大破10戸、床上浸水45戸、床下浸水77戸に及んだ。 続きを読む