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昭和28年(1953)7月17日から21日ころまで梅雨前線が停滞し、吉野川上流でもかなりの雨となった。このため、吉野川が増水し、完成したばかりの小島橋が開通式を待たずに流失した。 続きを読む
昭和24年(1949)7月30日夜から31日朝にかけて県下をかすめたヘスター台風により、吉野川が増水し、脇町地区では床上浸水16戸、道路崩壊4箇所、岩倉地区では冠水田畑12町歩などの被害が出た。県は8月2日、県下で初めて災害救助法を発動した。 続きを読む
大正元年(1912)9月22日朝、台風に伴う雨により、大谷川上流の北庄用水取水口付近で山崩れが起こり、大谷川がせき止められたが、午後8時頃に土砂が一斉に流れ出した。大谷川では右岸堤防が約540m、左岸堤防は南へ約180mが決壊し、住宅43戸が流失、2戸が半壊し... 続きを読む
明治32年(1899)9月8日午後2時頃、吉野川の増水で脇町の堤防35mが破損した。この時の豪雨で、曽江山でも堤防360mが損壊、拝原の道路30mが破損、岩倉では人家3棟が倒壊した。 続きを読む
明治29年(1896)8月30日の暴風雨で、阿讃山脈南斜面の降雨量は132ミリとなり、大谷川が氾濫、午前4時頃、現在の役場付近から南へ約540mの堤防が決壊、民家19戸が流失、1人が死亡、喜多橋・南橋が流失した。曽江谷川でも堤防87mが決壊、約1,000mが破... 続きを読む
明治19年(1886)9月10日午後からの暴風雨で、本町・島口地域では床上1mも浸水する家屋が続出、猪尻村、拝原村で各1戸、北庄村で2戸、曽江山村で8戸の民家が倒壊した。 続きを読む