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慶応2年(1866)7月1日朝から降り出して、3日目には大雨となり、川々は増水を始め、7日夕には古来稀なる大水となった。西貞方では堤防が崩壊して、1丈有余の水嵩となり、倒家多く、圧死が10人に達した。東貞方では圧死・溺死7人、中原では別宮八幡前の堤防の上を越す... 続きを読む
大正元年(1912)9月21日午後3時頃から降り出した雨は、22日午前6時頃には激しくなり、川々は増水を始めた。23日正午には吉野川の増水24尺2寸となり、慶応2年の寅年の大水よりも3尺以上上回った。堤防上に長さ20間に及ぶ決壊があり、応神村の損害は甚だしく、... 続きを読む
明治43年(1910)9月7日~9日、吉野川の増水1丈7尺7寸となった。このため、水稲2割、陸稲5割、大豆5割、粟5割、黍5割、甘藷7割の被害を受けた。 続きを読む
明治44年(1911)8月16日、吉野川の増水2丈1尺となった。このため、浸水被害面積は田30町、畑298町、桑園54町など合計562町に及んだ。また、河川堤防の決壊7箇所、住家の流失15戸、崩壊8戸、半壊93戸、破損120戸などの被害を出した。 続きを読む
明治44年(1911)9月22日、出水が角瀬渡で1丈5尺5寸に達し、堤防破損3箇所、住家浸水5戸、田の浸水150町、畑の浸水233町などの被害が出た。 続きを読む