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大正元年の台風

大正元年(1912)9月22日、大台風があり、洪水により稲作が大きな被害を受けたと伝え聞いているが、記録は見当たらず不詳である。 続きを読む

大正7年の洪水

大正7年(1918)8月30日、大洪水。当時7歳の人が書いた手記が掲載されている。この手記には、洪水時に流木や牛が流れていた様子や、小学校の教室の壁には浸水の跡が残っていたこと、洪水後の稲刈り中に流された死者が田んぼで発見されたこと、洪水後に那賀川改修工事が要... 続きを読む

昭和9年の室戸台風

昭和9年(1934)9月21日5時10分、室戸台風が室戸岬の西方に上陸した。この時の中心気圧は911.9ミリバールで、世界記録を破った強烈な台風であった。稲作は全くの白穂で収穫皆無の状態となり、人家の浸水・倒壊・破損、道路・田畑の被害なども甚だしかった。家屋の... 続きを読む

昭和20年の枕崎台風

昭和20年(1945)9月18日、枕崎台風。徳島県では17日昼過ぎから南東の暴風が激しく、午後9時過ぎには風速29.3mを記録し、その後日本海に出た。戦災後の徳島の仮小屋はほとんど倒壊し、甚大な被害を受けた。稲作は全く白穂で、ほとんど収量はなかった。 続きを読む

明治25年の洪水

明治25年(1892)、出水により赤池の堤防が7、80間決壊したが、人畜の死傷はなかった。 続きを読む

大正7年の台風

大正7年(1918)8月29日、前日来の暴風雨が洪水を引き起こし、その夜は水量が2丈5尺に及んだ。西原以東中島の堤防はうねりにうねって危なく見えたが、急に減水したため、格別の被害はなかった。翌朝になって、この減水は、上流対岸の柳島、横見、下大野の破堤の結果であ... 続きを読む

大正4年の台風

大正4年(1915)9月8日、暴風雨により、稲作の白穂被害がほぼ平島村の全村にわたった。明治17年(1884)の暴風雨による白穂被害に次ぐ大被害となり、免租地反別は181町余に達した。 続きを読む

文久元年の洪水

文久元年(1861)、酉の水。北方では阿房水と言われて、大きな出水であったが、那賀川筋ではそれほどでもなかったようである。平島村では工地の車ノ本や役所原などに水入地があり、鍬下(税の免除)を受けたくらいであった。 続きを読む

慶応2年の寅の水

慶応2年(1866)8月1日から激しい雨となり、2日に洪水を引き起こした。那賀川筋では、大京原の堤防60間余が決壊し、流家があったが、人畜に死傷はなかった。原の方面にも氾濫して、田に多少の被害が出たが、水は高い所では庭を走り、低い所でも座上わずかで止まった。材... 続きを読む

明治11年の洪水

明治11年(1878)9月の洪水により、西原の通称天狗鼻以西、古庄村境までの120間余の堤防が決壊し、耕地は一面荒地となった。特に大京原の人家は数多く流失し、惨状を呈した。 続きを読む

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