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大正4年の火災

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大正4年(1915)1月8日、八幡町より出火、250戸焼失。(「久礼読本」による) 続きを読む

大正4年の大雨

大正4年(1915)6月24日、大雨により物部川中上流で100ミリを越え、下流は氾濫となった。立田村誌には「大雨洪水で山田堰西部の主要部を一掃、堰裏から小田島堤防まで615間半潰」と記されている。 続きを読む

大正4年の台風

大正4年(1915)9月8日、台風が九州中央を北上した。梼原付近では6日~8日に各日200ミリ以上の雨が降り、台風関連の総雨量は900ミリを越すほど風雨害が強かった。沿岸では高潮により浦戸湾堤が決壊し、家が流失、電信、電力が不通となった。 続きを読む

大正5年の火災

大正5年(1916)1月9日早朝、西ノ浜で火事、70戸焼失。(「宇佐町史」による) 続きを読む

大正5年の大雪

大正5年(1916)12月27日から28日朝にかけて、山手で大雪となった。 続きを読む

大正6年の台風

大正6年(1917)10月10日22時、台風が田野に上陸し、徳島、和歌山を通った。県内の雨はほとんど1日で終わり、雨量は200~100ミリで多少の被害が出た。 続きを読む

大正7年の火災

大正7年(1918)5月20日17時過ぎ、南京町より出火、東西約3丁、南北2丁を焼き、19時50分鎮火した。80戸焼失。(「中村町史」による) 続きを読む

大正7年7月の台風

大正7年(1918)7月12日、台風により、2日連続の大雨となった。梼原付近では700ミリを越え、中部以西は大洪水となった。土佐湾沿岸の安芸、須崎では高潮害も大きかった。鏡川、久万川は氾濫した。被害は負傷者11人、全潰75戸、半潰56戸、流失25戸、床上浸水9... 続きを読む

大正7年8月の台風

大正7年(1918)8月29日、台風が室戸をかすめて大阪へ抜けた。被害は死者2人、全壊158戸、半壊113戸、流失3戸、床上浸水188戸、床下浸水429戸、堤防決壊2,799間、破損137間、道路の流失・埋没209戸、破損1,067間、橋流失7箇所に及んだ。 続きを読む

大正8年の台風

大正8年(1919)9月14日、台風に伴い、特に県東部の雨は500ミリを越え、河川は氾濫したと思われる。13日の雨量は馬路379ミリ、津呂357ミリ、田野223ミリ、14日の雨量は馬路202ミリ、田野194ミリ、津呂156ミリに及んだ。 続きを読む

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