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文化12年の風雨

文化12年(1815)7月6日~8日、風雨、洪水により、国中被害夥しく、死者83人、流失家屋181軒、損害数万石。(「御家年代略記」による)立田村誌には「8日物部川の山田セキ以南両岸殆ど決壊、小田島以南は勿論西稲生、東吉川までも浸水、も延べ川は上咥内の西を流れ... 続きを読む

享和2年の風雨

享和2年(1802)7月6日~8日の風雨洪水により、国中で損害大。東部では死者82人、損田735町余、堤切れ・崩れ76,090余間、神社・人家・番所の流出169軒、牛馬流死55匹、幡多郡では死者1人、損田2,934石、堤切れ22,050間余、流失家12軒。(「... 続きを読む

享和2年の火災

享和2年(1802)12月29日朝四ツ時(10時)細工町より出火、西風強く山田町、廿代町、蓮池町、紺屋町、新堀、菜園場、農人町、森町、鉄砲町を通じて一戸を残さず、下知村の農家に及び焦土と化し夜六ツ時(18時)鎮火した。1,100軒余焼失。(「高知市史」による) 続きを読む

享和3年の洪水

享和3年(1803)、洪水のため、諸記録流出。(「山田文化小史」による) 続きを読む

文化元年7月の台風

文化元年(1804)7月26日、暴風雨により、高岡、幡多二郡の被害甚大。(「高知県歴史年表」による)森家日記には「四ツ頃より時化、南東風暮頃止む」と記されている。 続きを読む

文化元年8月の台風

文化元年(1804)8月29日朝よりイナサ風で時化となり、大南風に変わり大波立ち、夜四ツ(22時)過ぎから七ツ半(5時)頃まで御船倉へ数度大波入る。(「室戸町史」による)森家日記には「夜四ツ頃より東風時化、先日より強し、夜明に止む」と記されている。 続きを読む

文化2年の洪水

文化2年(1805)6月4日、洪水により領地で損田が過半となったため、下川口村では郷士が辞職願を出している。下川口村史には「不意の洪水に川筋破損埋れ上り亡所同様に相成り、領地過半損田仕り職分相立難く是非に及ばず拝辞願い事候」と記されている。 続きを読む

文化4年8月の風雨

文化4年(1807)8月朔日及び5日、風雨。8月、長雨。(「太平寺覚書」による) 続きを読む

寛政11年の洪水

寛政11年(1799)8月19日、洪水により奈半利川が決壊し、田野の福田寺より多気神社まで一面の水となった。(「安芸郡史考」による) 続きを読む

享和元年の大火

享和元年(1801)冬、奈半利東町で大火。(「安芸郡史考」による) 続きを読む

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