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大正9年の洪水

大正9年(1920)、三崎川洪水。三崎川は、今ノ山の南面斧積谷からの流れと西の十八川の流れを行者山のすそに併せて三崎浜に注いでいたが、この洪水を契機として河川の変更が計画され、昭和11年に千尋崎西側の竜串側に付け替えられた。(写真集土佐清水写真6枚) 続きを読む

文化2年の洪水

文化2年(1805)6月4日、洪水により川筋破損埋もれ上がり、亡所と同様になった。このため、佐井三右衛門という片粕の郷士がその職を辞するに当たり、同僚がその持続を嘆願した書面が残されている。 続きを読む

昭和24年の台風

昭和24年(1949)、台風により大きな風水害が起きた。700ミリを超す雨に四万十川の水位が上昇し、流域の河川が逆流し氾濫した。支流の中筋川流域でも堤防が決壊した。 続きを読む

昭和38年の台風

昭和38年(1963)8月9日、台風による豪雨のため、四万十川上流の梼原村や東津野村などで時間雨量80~100ミリ、総降雨量800~1,000ミリを超えたという。中筋川流域でも道路は冠水し、堤防は決壊した。 続きを読む

明治9年の水害

明治9年(1876)、四万十川の水害のため、圧死者、その他多数の死者があった。 続きを読む

明治18年の水害

明治18年(1885)、四万十川の水害のため、死傷者多数となった。 続きを読む

明治23年の洪水

明治23年(1890)、希なる大洪水となり、船が転覆するなどして、多くの人々が犠牲になった。 続きを読む

大正9年の水害

大正9年(1920)、四万十川の水害のため、幡多郡内で人畜被害200余人という大災害が起きた。 続きを読む

万治元年の水害

万治元年(1658)9月16日、四万十川は大水害に見舞われた。(「御家年代略記」による) 続きを読む

寛文6年の水害

寛文6年(1666)8月4日、四万十川は大水害に見舞われた。(「徳川実記」による)「田畑三万石水害を被り男一〇女二七人、牛馬五七九匹溺死し、民屋二〇三七軒、舟一七流亡」という記述がある。 続きを読む

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