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昭和18年の洪水

昭和18年(1943)7月21日から24日まで、台風による豪雨が続き、松山地方の年平均雨量の5ヶ月に相当する540ミリの雨量となった。23日朝には重信川出合水位観測所で6.20mを記録し、午前9時には北伊予村(現松前町)徳丸地先の左岸堤防が決壊し、続いて7箇所... 続きを読む

昭和20年の台風20号

昭和20年(1945)10月9日、台風20号が松山を通過した。重信川流域の流量は出合地点で1,040立米/秒(推定)、湯渡地点で250立米/秒(推定)となった。9月の枕崎台風で弛緩していた堤防は各所で決壊し、被害は耕地の流失・埋没約720ha、浸水家屋11,2... 続きを読む

昭和45年の台風10号

昭和45年(1970)8月21日、台風10号により、短時間に集中して強い降雨を記録した。重信川流域の流量は出合地点で1,400立米/秒、湯渡地点で330立米/秒となり、被害は浸水家屋等248戸に及んだ。 続きを読む

寛延5年の洪水

寛延元年(1748)7月24日、伊予郡、松前地方で大洪水、道後温泉が被害を受けた。(「松山工事事務所40周年記念誌」による) 続きを読む

天明3年の洪水

天明3年(1783)8月11日、洪水により、伊予郡高柳村の重信川の土手が百間余潰れた。(「松山工事事務所40周年記念誌」による) 続きを読む

文政8年の大雨

文政8年(1825)6月3日、大雨による出水のため、石手川筋及び外川内川所々堤切れ、市の坪辺を押流し、出合辺は海の如し。流死・怪我人7人、潰・半潰家316軒。(「松山工事事務所40周年記念誌」による) 続きを読む

文政9年の洪水

文政9年(1826)5月21日、石手川の洪水により、出合川の辺去歳の切口外に百間程も切れ、流家・壊家300間余。(「松山工事事務所40周年記念誌」による) 続きを読む

弘化3年の風雨

弘化3年(1846)7月9日、松山領で大風雨により、重信川・石手川では死者14人、民家破損の被害が出た。(「松山工事事務所40周年記念誌」による) 続きを読む

明治9年の台風

明治9年(1876)9月13日、暴風雨により、重信川・石手川の被害は家屋流出16戸に及んだ。(「松山工事事務所40周年記念誌」による) 続きを読む

明治17年の台風

明治17年(1884)9月25日、暴風雨、高潮により、重信川・石手川の被害は死者167人、家屋倒破壊1,784軒、田畑流失多数に及んだ。(「松山工事事務所40周年記念誌」による) 続きを読む

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