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平成13年の洪水

平成13年(2001)6月19日から20日にかけて、梅雨前線の影響により降り続いた雨量は、多いところで321ミリに達した。最高水位は出合で20日4時30分に4.79mを、また石手川の湯渡では20日4時40分に5.27mを記録した。この洪水は戦後最大となり、重信... 続きを読む

元禄15年の台風

元禄15年(1702)7月28日、暴風雨による重信川・石手川の洪水のため、被害は死者16人、壊家2,432軒に及んだ。(「松山工事事務所40周年記念誌」による) 続きを読む

享保6年の台風

享保6年(1721)7月15日、台風による石手川の洪水のため、被害は死者72人、流家889軒、田畑損毛3,716町等に及んだ。(「松山工事事務所40周年記念誌」による) 続きを読む

享保7年の台風

享保7年(1722)6月23日、台風による重信川・石手川の洪水のため、被害は死者88人、流壊家1,478軒、堤切口5,367箇所等に及んだ。(「松山工事事務所40周年記念誌」による) 続きを読む

享保14年の台風

享保14年(1729)9月14日、台風による洪水のため、石手川が樽味観音堂前で切れ、家々流れ損亡。(「松山工事事務所40周年記念誌」による) 続きを読む

昭和51年の台風17号

昭和51年(1976)9月11日、台風17号により、重信川流域の流量は出合地点で1,210立米/秒、湯渡地点で170立米/秒となり、被害は浸水家屋等209戸に及んだ。 続きを読む

昭和54年の洪水

昭和54年(1979)6月30日、梅雨前線により、重信川流域の流量は出合地点で970立米/秒、湯渡地点で370立米/秒となり、被害は浸水家屋等1,086戸のほか、石手川筋の橋梁に損壊等の被害が生じた。 続きを読む

明治19年の洪水

明治19年(1886)9月10日の洪水では、石手川の堤防決壊により「石手村ほか4箇所で浸水、溺死者十数人、重信川上村で堤防決壊、温泉郡内の被害甚大であった」と記録されている。 続きを読む

大正12年の洪水

大正12年(1923)7月11日の洪水では、「7月11日は特に甚しく小野川は未曾有の出水にして、小野川橋が破損して鉄道遮断。12日には拝志村下林開発の重信川堤防など諸川で決壊し被害甚大であった」と記録されている。 続きを読む

昭和18年の洪水

昭和18年(1943)7月21日から24日まで、台風による豪雨が続き、松山地方の年平均雨量の5ヶ月に相当する540ミリの雨量となった。23日朝には重信川出合水位観測所で6.20mを記録し、午前9時には北伊予村(現松前町)徳丸地先の左岸堤防が決壊し、続いて7箇所... 続きを読む

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