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昭和54年の台風16号

昭和54年(1979)9月30日18時、台風16号が上陸。30日午後5時、山城町災害対策本部設置。町内の被害は、死者1人、全壊2棟、床上浸水1棟、床下浸水5棟、非住家2棟、田の流失・埋没0.6ha、冠水2.0ha、畑の流失・埋没、冠水10ha、文教施設6箇所、... 続きを読む

安政元年の地震

嘉永7年(1854)11月4日巳上刻(午前10時頃)、大地震があり、人々は戸外に走り出て、注意深い人は火の片付けをする者もいたが、煙草を4、5服のむ間に止んだ。5日申の上刻に大地震があり、家がギチギチしたり、寺の鐘も撞棒も自然に動いて突き当たり、大木の梢が地を... 続きを読む

明治43年の洪水

明治43年(1910)9月20日より22日夕方まで大雨、大洪水。山城谷村では数箇所崩壊し、川口では一家5人が埋没して死亡し、2戸が流失した。また、相川名でも1戸宅地が崩壊し、家屋が流失した。 続きを読む

明治26年の干ばつ

明治26年(1893)旧5月より6月24日まで一滴の雨もなく、夏秋作物の植え付けは不可能になるだけでなく、既に植え付けた作物は皆枯死した。特に三名村の被害は甚大で、飢饉の惨状が新聞で広く県内外に紹介されたため、世人の同情を集め、金品が寄贈された。しかし、幸いに... 続きを読む

大正2年の干ばつ

大正2年(1913)夏、80日間一滴の雨もなく、60年目の大旱と称せられた。 続きを読む

明治32年の風雨

明治32年(1899)8月28日、暴風が吹き荒れ、大雨は車軸を流すかのように濁流となって流れ、伊予川などの増水は平時には想像できないほどであった。この時、別子銅山の一部崩壊により、銅山関係者の屍が流れ来て、磧に打ち上げられたり、埋もれるなど悲惨な状況であった。... 続きを読む

大正13年の干ばつ

大正13年(1924)7月から8月にかけて、政友名をはじめ所々で雨乞いの祈祷をした。末貞名では三名村野鹿の池に水をもらいに行った。 続きを読む

明治43年の洪水

明治43年(1910)9月20日より22日夕方まで大雨のため、吉野川をはじめ諸川で大洪水。山城谷村では数箇所崩壊し、川口では一家5人が土砂に埋もれて死亡し、2戸が土地とともに吉野川に流れ落ちた。また、相川名でも人家1戸が土地とともに崩壊、流失した。 続きを読む

昭和9年の干ばつ

昭和9年(1934)7月28日から8月29日まで、干ばつのため、飲料水が欠乏し、農作物の枯死するものが多かった。 続きを読む

昭和46年の台風23号

昭和46年(1971)8月29日、台風23号により、強風・波浪・大雨注意報発令。山崩れ、道路決壊など被害が大きかった。 続きを読む

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