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昭和57年(1982)8月27日午前10時30分、台風13号に伴い、山城町災害対策本部設置。町内の被害は田の流失・埋没0.1ha、冠水0.2ha、畑の流失・埋没0.1ha、冠水0.1ha、道路35箇所、河川4箇所、がけ崩れ12箇所、農道59箇所、林道26箇所等... 続きを読む
明治26年(1893)旧5月より6月24日まで一滴の雨もなく、夏秋作物の植え付けは不可能になるだけでなく、既に植え付けた作物は皆枯死した。特に三名村の被害は甚大で、飢饉の惨状が新聞で広く県内外に紹介されたため、世人の同情を集め、金品が寄贈された。しかし、幸いに... 続きを読む
明治32年(1899)8月28日、暴風が吹き荒れ、大雨は車軸を流すかのように濁流となって流れ、伊予川などの増水は平時には想像できないほどであった。この時、別子銅山の一部崩壊により、銅山関係者の屍が流れ来て、磧に打ち上げられたり、埋もれるなど悲惨な状況であった。... 続きを読む
明治43年(1910)9月20日より22日夕方まで大雨のため、吉野川をはじめ諸川で大洪水。山城谷村では数箇所崩壊し、川口では一家5人が土砂に埋もれて死亡し、2戸が土地とともに吉野川に流れ落ちた。また、相川名でも人家1戸が土地とともに崩壊、流失した。 続きを読む
昭和51年(1976)9月8日~13日、台風17号により、道路決壊、がけ崩れ、耕地の流失等の災害を受けた。山城町の降雨量は628.5ミリであった。 続きを読む