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寛政元年の地震

寛政元年(1789)4月16日、地震、多少の被害あり。(「高知県災害異誌」による) 続きを読む

安政元年の南海地震

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安政元年(1854)11月5日午後5時頃から、大地震が起こり、人畜、家屋にも多数の被害が出た。地震から3日目の7日夕刻にどこからともなく山を越えて大津波が押し寄せてくるとの流言が伝わった。人々は少しでも高いところへと登ったため、山々の尾根や頂には無数のたいまつ... 続きを読む

文化9年の地震

文化9年(1812)3月10日、地震により、山へ逃げる者多し。(「高知県災害異誌」による) 続きを読む

昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)12月21日午前5時頃、大地震が起こり、高知市や須崎港などが大津波に襲われ、人畜、家屋の被害が莫大であった。高吾北の町村でも各地で堤防、道路の決壊、落石、亀裂などの被害は多かった。斗賀野の舟床では1人が土砂流出の犠牲となった。 続きを読む

安政元年の南海地震

安政元年(1854)11月5日7ツ過ぎ(16時)に南海道沖大震が起こり、家屋倒壊は将棋を倒すが如くで、折から晩さん炊事の時であったため火災が起こり凄惨を極めた。津波被害は、高知で流家1,676戸、潰家568戸、死者106人、宇佐・福島では残る家70間、溺死70... 続きを読む

安政元年の地震

安政元年(1854)11月4日、大地震があり、斗賀野村では所々で崩壊、家屋倒壊が多く、人畜被害も多少あった。この地震で、東組大平上方の光り岩の大岩が転落したと伝えられ、その岩石は現在谷の北側にある。 続きを読む

昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)12月21日午前5時頃、大地震が起こり、高知県の被害は最も甚大であった。被害は石崖、堤防、道路の決壊、落石、亀裂などが多く、家屋の間接的被害は斗賀野村全村に及んだが、人畜被害や倒壊家屋はなかった。 続きを読む

宝永4年の地震津波

宝永4年(1707)10月4日の宝永地震による土佐市域の津波被害の様子は「谷陵記」に記されている。仁淀川の潮は八田村の渡場まで達し、新居村は全滅した。潮は山まで達し、山腹の家が少し残る。宇佐村は全滅し、潮は橋田の奥、宇佐坂の麓、萩谷口まで達し、山上の家が一軒残... 続きを読む

安政元年の南海地震

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安政元年(1854)11月5日、地震津波が来襲した。「真覚寺日記」には被害の様子が詳細に書かれている。午後5時頃未曾有の大地震が起こり、人々は狼狽し、子どもは叫ぶ。間もなく山のような津波が来て、宇佐、福島一面の海となる。津波はこの夜8、9回来たが、1番波よりも... 続きを読む

昭和21年の南海地震

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昭和21年(1946)12月21日午前4時20分、南海地震が発生し、土佐市内では宇佐を中心に死者・行方不明3名、負傷58名、家屋倒壊151戸、家屋半壊831戸、家屋流出341戸、罹災者6,114名、船舶流失42隻などの大きな被害が出た。宇佐は津波被害を受けてい... 続きを読む

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