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天正14年(1587)、M7.9の大地震があった。文禄4年(1595)の「周敷郡吉田郷弘江村坪付帳」によると、塩入地6反、日焼地1町2反、荒地10町2反など全耕地の30%が収穫なしと記されているが、この地震の後遺症ではないかと推察される。 続きを読む
文禄5年(1596)7月、M7.0の大地震があった。広江村の「密林山徳蔵寺由来記」によると、徳蔵寺があった場所は地震のため地盤地下して低湿地になったため、土地の高燥な現在地に集団移転したことを伝えている。また、「多賀村郷土誌」の鶴岡八幡神社の項でも、震災のため... 続きを読む
慶長19年(1614)10月25日、大震災の時、海上荒れて大波打ち来たり、田畑や人家が流失し、人も多く死んだ。その荒れた果て土地を領主加藤嘉明の命によって奉行徳本三郎兵衛が開墾したのが三津屋である。(「多賀村郷土誌」による)また、この地震で道後温泉の湧出が止ま... 続きを読む
昭和21年(1946)12月21日午前4時19分、南海大地震が発生し、倒壊、近畿、中国、四国などの各地に被害をもたらした。多賀地区では震度5の強震に襲われ、多賀と壬生川を合わせて死者5人、負傷者10人、家屋の全半壊570戸で、ほとんどの家が傾いた。また、多賀地... 続きを読む