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大正7年の台風

大正7年(1918)8月30日午前2時すぎ、暴風雨により、大阪から中国大連に向かっていた愛宕山丸(3,946トン)が志度町小田釜居谷の岩礁に座礁した。 続きを読む

大正元年の洪水

大正元年(1912)9月21日午後4時頃から23日午前5時頃まで、連続してどしゃ降りの豪雨となり、鴨部川にかかる広瀬橋、乙井橋、地蔵川橋、鴨庄橋などの橋が流され、川田、中空、西山、鳥田、尻切、川西、そうめんや土堤、小山土堤などが決壊し、濁流は鴨部、鴨庄の田野に... 続きを読む

明治33年の水害

明治33年(1900)、稀有の大水害であったが、記録に恵まれない。 続きを読む

明治17年の水害

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明治17年(1884)8月25日、暴風、波濤により、堤防が決壊し、家屋の流失、稲や甘藷などの作物に被害が出たが、人命には異常なかった。(西新開の水害記念碑の碑文による) 続きを読む

慶応2年の洪水

慶応2年(1866)、寅の年の大水による災害はひどかったようであるが、記録に恵まれない。 続きを読む

大正元年の洪水

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大正元年(1912)9月21日午後4時頃から23日午前5時頃まで、連続してどしゃ降りの豪雨となり、鴨部川にかかる広瀬橋、乙井橋、地蔵川橋、鴨庄橋などの橋が流され、川田、中空、西山、鳥田、尻切、川西、そうめんや土堤、小山土堤などが決壊し、濁流は鴨部、鴨庄の田野に... 続きを読む

明治33年の水害

明治33年(1900)、稀有の大水害であったが、記録に恵まれない。 続きを読む

明治17年の水害

明治17年(1884)8月25日、暴風、波濤により、堤防が決壊し、家屋の流失、稲や甘藷などの作物に被害が出たが、人命には異常なかった。(西新開の水害記念碑の碑文による) 続きを読む

慶応2年の洪水

慶応2年(1866)、寅の年の大水による災害はひどかったようであるが、記録に恵まれない。 続きを読む

大正9年の宇多津町役場庁舎の火災

大正9年(1920)1月22日午前4時頃、宇多津町役場小使室より出火し、強風にあおられて大火となった。消防夫が駆けつけたときには既に手の着けようもない状態であった。幸い他の建物への類焼は免れたが、役場の公文書はほとんど焼失した。建物の損害は1千円位。(「香川新... 続きを読む

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