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天保7年の大雨

天保7年(1836)夏から秋にかけて大雨が降り続いて、穀物が実らず、本町でも食料に窮し餓死者を出した。 続きを読む

文化12年の台風

文化12年(1815)、暴風雨のため凶作。 続きを読む

寛政4年の台風

寛政4年(1792)7月、暴風雨。 続きを読む

享保15年・16年の台風

享保15年(1730)、16年(1731)、暴風雨。 続きを読む

享保6年の風水害

享保6年(1721)、風水害。 続きを読む

昭和31年の大火

昭和31年(1956)4月20日午後7時15分頃、駅前通りより出火し、午後11時頃鎮火した。この火災により、家屋の全焼11戸、半焼1戸、罹災者43人という本町未曾有の被害を出した。この大火には災害救助法が適用された。 続きを読む

昭和20年の真光寺の火災

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昭和20年(1945)1月29日夜8時、真光寺本堂で火災が発生した。この火災で、疎開中の大阪市北区南恩加島国民学校3・4年生29人中、16人が焼死した。当時は大人は一人もおらず、火事を知った児童は逃げようとしたものの、寺の雨戸は中々開かず、勝手も分からず逃げ遅... 続きを読む

昭和38年の長雨

昭和38年(1963)4月から連日の雨や霧により、麦作では穂腐りと赤かび病が大発生し、さらに5月中旬からは豪雨に見舞われた。前年12月から3月にかけての大雪や寒さを相まって、この年の麦作は平年収穫量の10%という未曾有の大被害を被った。 続きを読む

昭和37年の大雪

昭和37年(1962)12月末より翌38年(1963)3月末まで、大雪が断続的に降り続き、麦作では根腐りや発育障害が相次いで起こった。被害は本町作付面積の約半分の230haに及び、その後の長雨にもより、平年収穫量の10%という未曾有の大被害を被った。 続きを読む

慶応2年の洪水

慶応2年(1866)7月朔日から大雨が降り始め、4日~5日は篠突くばかりの大降りで、6日~7日は前代未聞の大水となった。貞光では、別所谷、八渓葉谷の激流が樹木を倒し、南町橋、正福寺橋、八幡橋、渡瀬橋は落下、流失した。貞光川沿岸の田畑では川底砂地となった所もあっ... 続きを読む

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