検索結果

29860件のアーカイブスが見つかりました。

条件:

年代順で並び替える : |

享保7年7月の洪水

享保7年(1722)7月10日、洪水により、御地高53,610石余御損毛、潰家40戸、流家5戸、溺死男2人、流死牛馬3頭。(「徳島県史料年表」による) 続きを読む

天保11年の風水害

天保11年(1840)6月9日及び8月3日~4日、風水害、今年合わせて101,252石損亡。(「徳島県史料年表」による) 続きを読む

天保9年の洪水

天保9年(1838)6月12日~13日及び7月21日~26日の洪水で、31,989石損毛、流死男3人、女4人。(「徳島県史料年表」による)/大風雨、収穫皆無。(「勝浦郡誌」による)/水は土手3号程、格別のいたみ無之。(「元木文書」による) 続きを読む

弘化4年の長雨

弘化4年(1847)4月、長雨、穀価騰貴。(「井内谷村史」による) 続きを読む

明治28年8月の台風

明治28年(1895)8月22日正午前、台風が高知県須崎市西方から上陸した。徳島では一日の雨量が177.4ミリとなったが、和食では401ミリに達し、那賀川で洪水被害を出した。22日の雨量は日和佐148ミリ、小松島177ミリ、川島175ミリ、市場126ミリ。 続きを読む

昭和39年3月の強風

昭和39年(1964)3月8日、発達した低気圧により強風が吹き荒れたため、鳴門海峡で阿南の機帆船が転覆し、4人が死亡した。 続きを読む

昭和51年10月の集中豪雨

昭和51年(1976)10月18日、積乱雲が発達して牟岐町に接近し、夕方前から夜にかけて400ミリをこえる集中豪雨をもたらせた。国鉄牟岐保線区の観測によると、牟岐町の降水量は、18時~19時に86ミリ、19時~20時に98ミリ、20時~21時に67ミリであった... 続きを読む

昭和52年8月の山火事

昭和52年(1977)8月22日12時30分頃、日和佐町山河内字西山の一番谷山(標高560m)の中腹から出火、台風8号による北西14~15m/秒の強風に煽られ38時間余にわたって延焼を続け、松、杉などの造植林を含め約92haが焼失した。被害額は約1億2千万円に... 続きを読む

文政6年の干ばつ

文政6年(1823)夏、御国干ばつ並秋毛虫害、御地高75,855石余損亡。(「徳島県史料年表」による)/4月19日まで雨、その後6月7日まで48日ぶりの夕立雨。(「元木文書」による) 続きを読む

昭和63年9月24日の濃霧・高波

昭和63年(1988)9月24日~25日、台風22号が四国沖に停滞していた秋雨前線を刺激して、終日雨が降り続き、沿岸海上では濃霧と高いうねりがあった。このため、24日は霧のため航空便が欠航した。25日3時20分頃には、鳴門市撫養港の北東沖合約3.6kmの鳴門海... 続きを読む

1 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 2,986