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天正10年(1582)9月5日、吉野川で洪水。長曾我部元親の大軍が細川真之を勝瑞城に攻めた時、吉野川は大洪水で、土佐軍は経験が無く意外の出来事に非常に混乱した伝説あり。(「阿波志」による) 続きを読む
明治21年(1888)8月30日、台風が徳島県を通って日本海を縦断。徳島県の被害は死者51人、全潰2,862戸、半潰989戸。(「日本気象災害年表」による)/橘に高さ8~10尺の高潮、椿泊村役場の書類、漁具の流失多し。(「徳島県史料年表」による)/長江新田潮入... 続きを読む
明治44年(1911)8月15日、大型台風により、吉野川上流で多雨となり、洪水被害が出た。世に土佐水という。15日の雨量は福原373ミリ、朴野359ミリ、川井333ミリ、大枝326ミリとなった。被害は死者21人、負傷者7人、行方不明6人、住宅の全壊164戸、半... 続きを読む
昭和16年(1941)4月8日、移動性高気圧が日本の上空を通ったため気温が急降し、北海道以南で凍霜害を見た。主に桑害であった。徳島の最低気温は7日1.8度、8日1.7度であった。 続きを読む
昭和42年(1967)5月28日~29日、深い気圧の谷が強い寒気を伴って通過したため、各地で降雹を伴う強い雷が発生した。28日14時、剣山付近で直径5ミリ、高越山で直径2ミリの降雹があり、29日2時頃から未明にかけて吉野川流域で発生した強い雷雨に伴って美馬郡一... 続きを読む
昭和57年(1982)11月29日~30日、2つの低気圧が発達しながら日本海中部と西日本南岸を通り、徳島県では強い風雨に見舞われた。このため、農業関係ではホウレンソウや大根畑の浸水、蒔いたばかりの人参の種の流失、ビニールハウスの倒壊などの被害が発生し、水産関係... 続きを読む
昭和63年(1988)7月10日~11日、濃霧が発生し、船舶の事故が相次いだ。10日6時25分頃、貨物船が大鳴門橋近くの中瀬に乗り上げて座礁した。小松島海上保安部の調べによると、事故当時の海域の視程は約50mの濃い霧につつまれていた。また、11日7時前、鳴門市... 続きを読む