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昭和6年(1931)6月12日、二つ玉低気圧の通過による大雨で、特に那賀川上流で雨量は100~200ミリとなり、橋の流出・損傷や浸水家屋が出た。なお、吉野川筋では河口付近を除き、ほとんど降らなかった。 続きを読む
昭和6年(1931)7月、連日のように降雨した。しかし、各日の雨量はそれほど多くはないので、月降雨量は300~400ミリ程度であった。一方、気温は甚だ低下し、月平均値は最低第1位記録となり、また日照時数も平年の約半分で最低記録だった。このため、水稲の成長は十分... 続きを読む
大正11年(1922)8月2日14時頃、三好郡三好町に竜巻が発生し、移動途上の住家を倒し、多数の死傷者を出した。被害は住家の全壊13戸、半壊8戸、非住家の全壊9戸、半壊7戸、死者2人、負傷者10人、農地10余町に及んだ。 続きを読む
大正12年(1923)9月15日昼頃、台風が紀伊半島南部に上陸した。県下の雨は14日から15日にかけて降り、和食425ミリ、鬼籠野410ミリ、一宇418ミリを観測した。この暴風雨はちょうど晩稲の出穂期に当たっていたため、大きな災害となった。 続きを読む
昭和3年(1928)8月18日、台風が足摺岬から上陸し、県南の多雨域で350ミリを観測した。また、30日朝、台風が豊後水道を北上し、中国に抜けたため県内の大部分で200~300ミリを観測した。吉野川、那賀川とも上流域で多量のため近年稀な出水となり、家屋、橋、堤... 続きを読む
大正3年(1914)、前年11月、12月は多雨少照で、本年に入ってもその傾向があり、気温も高めで、麦作に影響が大きく、大麦、裸麦、小麦は明治36年以来の低記録となった。 続きを読む