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明治18年の落雷

明治18年(1885)9月1日、名東郡へ落雷、納屋を焼く。(「日本気象資料-摘要類函抄」による) 続きを読む

明治6年10月の洪水

明治6年(1873)10月2日、大風雨、洪水。慶応2年(1866)より凡そ1尺位低いという。(「板野郡誌」による) 続きを読む

明治15年の台風

明治15年(1882)8月5日、四国、中部、東海道、暴風雨、洪水。徳島にて往来の水嵩8尺なりと。(「日本気象資料」による) 続きを読む

明治16年の風雨

明治16年(1883)9月11日~12日、風雨強く、中晩稲は少々害を被りたりども他の農産物は概して害を被らず。美馬郡よりの報によれば、稲作は2分、雑穀類は1分、甘藷芋塊は2分、蕎麦は1分通。潤雨のために蘇生せり。(「日本気象史料-徳島県報告官報」による) 続きを読む

明治17年6月の洪水

明治17年(1884)6月28日、工師ヨハネスデレーケ、吉野川調査中に洪水を観る。(「吉野川」による)/6月27日、暴風、那賀川筋破堤あり、吉野川も大洪水にて家屋の流失、溺死者多し。(「羽ノ浦町史-小笠原梅夢日記」による) 続きを読む

文久3年の洪水

文久3年(1863)8月12日夜、出水。板東の谷川は非常の増水となり、堤防の決壊・破損は30余箇所に及び、延長600余間。(「板野郡誌」による) 続きを読む

慶応元年の洪水

慶応元年(1865)6月、洪水。(「徳島県史料年表」による) 続きを読む

慶応2年の寅の水

慶応2年(1866)8月6日、寅の水という。(「徳島県史料年表」による)/7日夕には古来稀な大水となった。西貞方では助次墾の堤防が崩壊して一丈有余の水嵩となり倒家多く圧死するもの10人、東貞方では圧溺死7人、中原では別宮八幡前の堤防の上を越すこと5、6尺の水量... 続きを読む

明治2年の大火

明治2年(1869)12月30日、徳島市籠屋町で大火、300戸焼失。(神山町「佐々木文書」による) 続きを読む

明治3年の大火

明治3年(1870)3月11日、徳島市古物町で100戸焼失。(神山町「佐々木文書」による) 続きを読む

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