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延宝2年の台風・高潮

延宝2年(1674)8月17日、中四国、九州に50年来の大風と高潮。(「徳島県史」、「吉野川ーその治水と利水」による) 続きを読む

大正14年の洪水

大正14年(1925)9月17日、吉野川、井内谷川が氾濫し、教護活動をしていた折、徳島発の下り終列車が赤坂の鉄橋にさしかかる手前で崩壊の土塊に乗り上げ機関車が転覆したため、辻から多数が救護に向かった。 続きを読む

昭和3年の洪水

昭和3年(1928)8月29日夜半からの大雨により、30日朝には吉野川は増水し、井内谷川の洪水を伴い、警鐘が響く中、市河原及び浜の町は浸水した。この日、江口では家が流れ、溺死者さえ出た。 続きを読む

仁和2年の洪水

仁和2年(886)、大洪水。(「西林村古記録」、「吉野川ーその治水と利水」による) 続きを読む

承徳2年の洪水

承徳2年(1098)、大洪水により、現在の岩津狭窄部に流路を変える。(「西林村古記録」、「吉野川ーその治水と利水」による) 続きを読む

明治12年の火災

明治12年(1879)3月12日午後10時頃、露口で出火し、6戸が全焼した。 続きを読む

明治34年の火災

明治34年(1901)2月1日午後2時頃、向坂で出火し、谷から吹き上げる烈風で近隣に延焼した 続きを読む

安永9年の洪水

安永9年(1780)、洪水があり、井の内谷が大氾濫して井関の庚申碑が流失した。 続きを読む

嘉永2年の洪水

嘉永2年(1849)7月10日から11日にかけて、大風雨、大洪水のため、辻町内は大浸水の害をこうむったが、人畜の害はなかった。これは「阿房水」と呼ばれている。なお、足代の教法寺の古文書によれば、阿房水の時には上郡川筋では余程の損害があり、山分の死者は250人に... 続きを読む

安政4年の洪水

安政4年(1857)7月29日4ツ時から吹き出して、8月朔日朝5ツ時まで大風雨が打ち続き、50年来の大洪水ということから「八朔水」と言い伝えられている。中村浜から野津後島一帯の辻町の家に浸水があった。 続きを読む

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