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慶応2年の寅の水

慶応2年(1866)7月1日、大風雨により、吉野川は大氾濫し、辻の町分は泥海化した。溺死者はなかったが、家財の流出は莫大であった。後世に「寅の年」の水と言われている。 続きを読む

明治44年の洪水

明治44年(1911)8月15日宵より大風雨となり、翌16日に大洪水となった。吉野川の奔流と井内谷川の増水で市河原に浸水し始めた時、今宮神社より警戒の半鐘が辻の町内に鳴り響いた。この時、辻町役場では座上4尺を越え、小学校は泥海中の浮城になり、かんどり平だ船が往... 続きを読む

弘化4年の火災

弘化4年(1847)正月11日、辻で火の手が起こり、浜の町四つ辻付近一面の大火となった。焼失家屋は20数軒と伝えられている。 続きを読む

大正14年の降雹

大正14年(1925)8月3日、西ノ浦段地で鶏卵大の降雹あり、作物に大被害を与えた。野住、下影、駒倉、荒倉、知行でも梅の実大の降雹あり、所々で煙草の葉を打ち貫いたが、被害は少なかった。 続きを読む

昭和13年の台風

昭和13年(1938)9月5日午前10時30分、台風が牟岐町東方に上陸し、那賀郡下谷村を通り、国府町、板野郡北灘村を経て、夕方播磨灘に去った。この台風により、坪尻駅付近では5日午前10時頃から午後2時頃まで豪雨が続いた。このため、洲津川は未曾有の大洪水となった... 続きを読む

明治30年の洪水

明治30年(1897)9月29日夜、池田町で大洪水があり、溺死者8人、橋の流失2箇所、破損2箇所、家屋の破損41戸、流失5戸、浸水42戸、床下浸水2戸、舟の破損6隻、流失2隻の被害が出た。 続きを読む

昭和9年の大火

昭和9年(1934)7月8日正午、池田町大通3丁目から出火、干天続きで家屋は乾燥し切っている上、上水道は枯渇し断水していたため、火の手は西北の風にあおられ拡がった。池田署管内の12ヶ町村及び貞光・脇町両署管内の消防組が出動消火につとめたがおさまらず、演習のため... 続きを読む

昭和23年の大火

昭和23年(1948)11月28日午前0時頃、池田町矢塚通から出火、西北風にあおられ、矢塚通両側12棟、総坪数345坪12世帯の家屋を全焼した。損害は1,200~1,300万円と言われている。消火は池田消防団のほか、隣接する三縄、山城谷、佐馬地、箸蔵、辻の5ヶ... 続きを読む

慶応2年の寅の水

慶応2年(1866)8月6日から8日にかけて、風雨、洪水により、佐馬地村では吉野川をはじめ諸川が未曾有の大洪水となり、佐野村では山岳崩壊により人家3戸が埋まるなどして、家屋の流失・損壊、船の流失・損壊、流死等の被害が出た。 続きを読む

昭和50年の台風6号

昭和50年(1975)8月23日、阿南市の蒲生田岬に上陸した台風6号は雨台風であり、剣山を中心に800ミリを越す大雨を降らせた。このため、貞光川が増水し、村内各地区で家屋や道路の流失、交通途絶等、通信不通等により孤立状態になった。村では県警や自衛隊に救援を要請... 続きを読む

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