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文化12年(1815)7月6日~8日、風雨、出水、御地高55,940石余損毛、流死男2人、馬2疋。(「徳島県史料年表」による)/損毛相整、徳永村367.3石中146.8石、大幸村834.7石中292.1石。(「大津村史」による) 続きを読む
文化13年(1816)閏8月3日、荒潮打ち込み、稲大半立枯れ。(「板野郡誌」による)/大水、大風。(石井町「元木文書」による)/秋度々風雨、出水にて御地高163,212石余御損亡、流死男9人、淡州御地高25石余損亡。(「徳島県史料年表」による) 続きを読む
万延元年(1860)7月11日、大風雨、高潮、津波により青毛立秋、徳島より撫養に至る海辺被害22,000石余、徳島より南方海辺に至る被害5万石余、年貢御免となる。(「板野郡誌」による)/このほか「板野郡誌-中財家文書」、「川内村史」の記事が掲載。 続きを読む
大正3年(1914)、前年11月、12月は多雨少照で、本年に入ってもその傾向があり、気温も高めで、麦作に影響が大きく、大麦、裸麦、小麦は明治36年以来の低記録となった。 続きを読む
昭和19年(1944)9月17日朝、台風が九州南部に上陸し、松山付近を経て神戸に抜けた。徳島県の雨は15日から始まり16日最も多多雨地域で200ミリを越え、3日間の総雨量は300ミリに達した。被害量は不明。 続きを読む
昭和46年(1971)1月末から2月上旬にかけて冬型気圧配置が続き、寒波が来襲、西部山間部では連日雪となり、交通機関は麻痺状態になった。池田町では1日から2日までに約20cmの積雪があった。 続きを読む