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天保3年の干ばつ

天保3年(1832)6月17日~8月4日、干害、雨いっこうに降らず大いに難渋。(「兵助日記」による) 続きを読む

享保2年の干ばつ

享保2年(1717)、干害。(「徳島県史」による) 続きを読む

天保4年の干ばつ

天保4年(1833)、干害。4年から8年まで連続。(「徳島県史」による) 続きを読む

享保3年の干ばつ

享保3年(1718)、大干害。(「徳島県史」による) 続きを読む

天保8年の干ばつ

天保8年(1837)6月、極暑続く、雨乞いの声強くなる。(「兵助日記」による) 続きを読む

昭和48年の干ばつ

昭和48年(1973)、空梅雨のまま7月11日梅雨明けとなり、その後も雨が降らず、農作物に相当の被害が出た。8月14日から16日の台風10号の影響で雨となり、旱害は解消された。 この頃、高松市では飲料水も不足していたので、脇町上水道の水8トンを8月13日に救援... 続きを読む

明治28年の台風

明治28年(1895)8月22日、台風により木之内の神宮寺山麓、半田川岸が大崩壊、道路不通。(「徳島県史」による) 続きを読む

昭和53年の干ばつ

昭和53年(1978)、雨が少ないまま7月4日に梅雨が明けて、葉タバコ、桑、ハッサク、野菜、豆類などに相当な被害が出た。9月上旬、台風と低気圧の影響で降雨があって、旱害が解消した。 続きを読む

大正元年の風雨

大正元年(1912)8月21日、大風雨により休場神宮寺下の山麓崩壊、家屋3軒倒壊、負傷1人。 続きを読む

平成6年の干ばつ

平成6年(1994)、梅雨入り後も降雨がなく、徳島県は7月15日に渇水対策本部を設置。幸い吉野川北岸用水の完備により、用水の受益地域に旱害の心配はなかったが、山間地帯では野菜や果樹の成育がかなり遅れた。西俣名の清水簡易水道は水源が枯れ、7月16日から2日間断水... 続きを読む

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