検索結果

29860件のアーカイブスが見つかりました。

条件:

年代順で並び替える : |

宝永4年の地震

宝永4年(1707)10月4日午前10時頃、大地震が起こった。山々は崩れ、大地は割れ、潮水はあふれ出て、人家は倒壊し、山里の者は崩れた土砂や岩石に打たれ、死傷する者数知れず。午後2時頃より大潮が到来し、人家は悉く流れ、死者はいかだを組んだ有様であった。大潮は翌... 続きを読む

昭和36年の第二室戸台風

昭和36年(1961)9月15日、第二室戸台風により、豪雨が主に仁淀川と四万十川の上流域に集中し、日雨量が300ミリを超え、16日正午前後には警戒水位を突破する河川も出た。台風が上陸した室戸岬地方では、暴風は西海岸で最も強く、16日9時頃、室戸岬測候所では最大... 続きを読む

昭和38年の台風9号

昭和38年(1963)8月6日頃から、台風9号は時速10kmの速度で九州、四国に向けて北上してきたため、本県では暴風雨時間が長く、県西部と中部が豪雨に見舞われた。特に西部山岳地帯では1,000ミリを超え、渡川流域では昭和10年以来の大洪水となった。このため、各... 続きを読む

宝永4年の地震

宝永4年(1707)10月4日未の刻(午後2時)、地震・津波が襲来した。「万変記」には「御城下廻堤不残打越押切大潮入込み、西は小高坂・井口、北は万々・久万・泰泉寺・薊野・一宮・布師田、東は介良・大津の山の根まで一面の海と成。大波打事都合六七度、其浪の高さ五、六... 続きを読む

安政元年の南海地震

安政元年(1854)11月5日7ツ(午後4時)頃、大地震が起こった。倒壊家屋からたちまち出火し、城下町は火災による被害が激甚であった。「土佐藩政録」によると、被害は役屋214軒、侍屋敷359軒、市郷屋敷17,469軒、亡所4所、土蔵納屋3,960棟、田地2,5... 続きを読む

慶長9年の地震

慶長9年(1604)12月16日、東海、南海、西海の諸道で大地震と大津波があり、死者5,000人になったという。佐喜浜では10丈(約30m)もある大波が7度引き、男女54人がさらわれた。(「高知県災害異誌」による) 続きを読む

宝永4年の地震

宝永4年(1707)10月4日、近畿、東海、四国、中国、九州に及ぶ史上最大の地震が発生した。全地域で潰家29,000個、死者4,900人を出した。津波は九州南岸から伊豆までに及び、土佐では午後3時に「津波打ち寄せて海辺の在家一所として残る方なし」と記録され、翌... 続きを読む

安政元年の南海地震

嘉永7年(1854)11月4日、東海・東山・南海の諸道で大地震があり、津波も大きかった。倒壊・流失家屋は8,300戸、焼失300戸、死者1,000人を出した。翌5日、さらに大きな地震があり、五畿七道にわたり、被害は住家全壊1万余、焼失6,000戸、土佐・紀伊・... 続きを読む

昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)12月21日4時19分、南海道地震が発生した。地震後、高知市浦戸では25分後に、室戸では約10分後に、須崎では15分前後で津波が襲来した。県下の被害は特に高知市、新宇佐町、須崎町、中村町で甚大であった。中村町や須崎町では火災による被害も発... 続きを読む

昭和21年の台風

昭和21年(1946)7月29日、台風が豊後水道を通った。県内の雨は28日、29日に集中し、降雨量は東津野700ミリ超、魚梁瀬600ミリ超、大正609ミリ、梼原612ミリ、大野見533ミリ、長者534ミリ、越知536ミリ、本川507ミリ、本山526ミリに達した... 続きを読む

1 2,528 2,529 2,530 2,531 2,532 2,533 2,534 2,535 2,536 2,537 2,538 2,986